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堀内たかおの府議会ウォッチ 04 無投票選挙だけはあかん

東京行動のあと国交省のカジノの認可は予想以上に遅れ、地方選の後になりそうな動きの中、選挙でカジノ反対の議員を増やせば、止める可能性はあると思いました。
その希望を抱いて、地元阿倍野のカジノ署名に協力してくださった市会議員候補のボランティアに参加して、一人で7000枚のチラシをポスティングしたり、朝夕の駅前街宣のお手伝いをしたり、練り歩きをしたり、生まれて始めての選挙応援を経験していました。
そして2023年3月16日朝の街宣が終わり、反省会の話の中で阿倍野の府議会は維新の現職だけの立候補で、このままだと無投票選挙になるという事実を聞き、大きなショックを受けました。
何のためのカジノ反対だったのか、思い切りあたまを殴られたような衝撃で、現実の厳しさに声も出ないでいる時、見かねてかボランテァ仲間の一人が「堀内さん出たらいいやん」
と軽く言い出しました。ほかのメンバーも「出たら応援するよ」「一騎打ちだったらいい線いくかも」と次々選挙に出ることに肯定的な意見を言われ、心の中で何かが大きく動くものがありました。
署名やボランティアだけでは、あの特権階級のような議員たちの決めることは止められない。
選挙というルールを上手く利用出来ている者たちが、結局は大阪を支配している。
選挙で対立候補がいないことは、戦わずして負けることを意味している。
無投票は「何をやっても無駄」という意識を植え付けられることで、今までの自分の存在や行動を否定されることと同じだ。
選挙は唯一の合法的な権力の争奪戦なのだということ。
この日、「選挙」は手伝うものから、一気に自ら戦うものへと、自分の中で大変革が起きました。
次の日からは、府の選挙管理委員会に書類を貰いに行ったり、怒涛の選挙が始まりました。
府庁には2回目のデビューですが、いきなり府議候補としてでした。立候補書類も2月から開いている説明会を1回も聞いていない人には、なかなか渡してくれません、ようやく渡してくれたのは、年齢からすると既に何度かの選挙経験者だろう、と思われてのことでした。
ようやく何冊かの書類を渡された後、全くの素人ということが分かり、一から本格的に詳しい説明をしてくださったのは、本当に有り難く思いました。
その日から、選挙用の写真や供託金、チラシやポスターなどすることは膨大で、選挙のハードルの高さを日々感じ、とにかく走りだしました。

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