2.「づつ」は「ずつ」に直しますか?
気になり始めたのは10年近く前だったでしょうか。届いたメールやネットのブログに「一個づつ」「一人づつ」と、「ずつ」ではなく「づつ」を見かけるようになりました。
最初は「D」と「Z」の入力ミスかな? ぐらいに思っていました。手書きなら「ずつ」と「づつ」は間違えっこない。みんながローマ字入力するようになったせいかもしれない。きっと一時的な現象だろうと想像していました。
ところがそのうちに印刷物や企業HPでも「づつ」を見かけるようになり、ある時、ついにコンビニの店頭でポスターのキャッチコピーに「一杯づつ」が使われているのに出くわしたのです。今のように一般化するちょっと手前の時期です。
キャッチコピーでは「正しい日本語」からちょっとはずした言葉の使い方をします。この「づつ」も、優等生じゃないけど気になる雰囲気を醸しています。
それ以降も「づつ」は増殖し、今や「づつ」の方が普通、という人もいるくらいです。いろいろ聞いてみると、20代30代の若い人たちの間に「づつ」は広まっているようです。それより上の年代では、「づつ」は誤りで「ずつ」が正しい、と最近の「づつ」の侵食を憂う声も聞かれます。
では校正者は「づつ」を「ずつ」に直すべきなのでしょうか?
その前に、そもそも「づつ」は誤りなのでしょうか?
実は古くは「ずつ」ではなく「づつ」が使われていました。それが1946年に国が制定した「現代かなづかい」で「ぢ・づ」は「じ・ず」と表記するのが原則になりました。つまり「づつ」は旧かなづかいの表記なのです。
この「現代かなづかい」は、「ゆふ(夕)」は「ゆう」、「けふ(今日)」は「きょう」と書くなど、それまで複雑だった仮名づかいを現代語音に基づいて大きく整理したものです。官庁ではこれに従うよう求め、広く使用を勧めています。
そして「現代かなづかい」以降に学校で教育を受けた人たちは「ずつ」が正しい、と学んできたはずです。
それから40年後の1986年、「現代の国語を書き表すための仮名遣いのよりどころ」として「現代仮名遣い」が告示され、「現代かなづかい」は廃止されました。
この「現代仮名遣い」の中で、例えば「ひとりずつ」は、「現代語の意識では一般に二語に分解しにくいもの等として、それぞれ『じ』『ず』を用いて書くことを本則とし、『せかいぢゅう』『いなづま』のように『ぢ』『づ』を用いて書くこともできるものとする」とあり、「ひとりづつ」でも許容されることが記されています。つまり「づつ」は誤りではないのです。
では、「づつ」はママイキ(直さずそのままでOK)なのでしょうか?
それは、どんな文書で使われているかによるでしょう。
「づつ」は旧かなづかいですが、すでに日常的に旧かなづかいをしていた人は高齢のごく限られた層になっています。多くは「ずつ」を身に付けているはずです。ところが今「づつ」は若い人たちに、とくにプライベートな場で使われることが多い、という性格を持っています。
したがって、公用文やビジネス文書、不特定多数への情報伝達には「ずつ」、メールやSNS、プライベートなやり取り、個人の表現の場では「づつ」、といった使い分けをすることが適当です。
もちろん、こうした使い分けを踏まえれば、企業がSNSで若いファンを増やすために、あえて「づつ」を使って親しみやすさを演出する、といったこともできるでしょう。
校正では「ずつ」か「づつ」かは、だれが、何を、だれに伝えたいかによって、どちらに統一するかが決まります。