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名前が秀逸だと思う香水④ラルチザンの「地獄通り」

フランスの香水メゾン「ラルチザン」に、「地獄通り(パッサージュ・ダンフェ、PASSAGE D’ENFER)」と呼ばれるオードトワレがある。仰々しい名前だが、これは実在するパリの通りの名に由来している。かつて、その通りにはラルチザンの本社があったという。

天国と地獄の狭間に立たされたら?

この香りにはもう一つの意味がある。「天国と地獄のあいだで宙ぶらりんになっている人間の存在」だ。

インスピレーション源は、「最後の審判」が刻まれたバチカンのシスティーナ礼拝堂。あの壮麗なフレスコ画を前にしたとき、人はふと思うのかもしれない。
——自分はどこへ向かっているのだろう。天国への階段を上っているのか?
——それとも、地獄の門へ?

この香りは、まさにその問いを投げかける。

パリのラルチザン

まとう人の背筋を正す、気高きウッディノート

トップノート…ローズ、ジンジャー
ミドルノート…百合、お香、アロエウッド
ラストノート…シダーウッド、サンダルウッド、ベンゾイン、ムスク

百合とお香が交錯するウッディノートの香りは、思惑的でミステリアスだ。フランス王家の象徴である気高き百合と、神聖な儀式に用いられてきたお香。2つの相性がこんなにも良いなんて。

「パッサージュ・ダンフェ(PASSAGE D’ENFER)」はオードトワレゆえに、持続時間は長くない。しかし、その儚さこそがこの香りの本質。すっと現れては、ふと消えゆく——冬の朝霧みたいな存在に、そこはかとないオーラを感じた。

自分が小説の登場人物になったかのような、非日常な感覚も抱く。

己を引き締める香り

でも、オーラの中に漂うこの緊張感はなんだろう。シダーの冷たさか、ジンジャーの鋭さか。あるいは、もっと目に見えない何か——誰かがナイフみたいなペンを握っていて、静かにこちらを見つめている感覚。

ひょっとして自分は待っているのかな? たぶん、選別の時を。

パッサージュ・ダンフェの香りは、まるで「裁き」を待つ者の心象風景のよう。瞑想的でありながら、どこか切迫した空気をはらんでいる。

つまりこれは、周囲に自分を“マーキングする香り”ではない。己をただただ引き締める香りだ。そして本来のラルチザンらしい、ニッチな香り。
夜、静かな通りでこの香りがコートの中から漂えば、自分の存在を肯定したくなるだろう。

香水の名前って本当に大事だと思う。パッサージュ・ダンフェのように「どういう意味?」って考えさせる名前も、すごく素敵だ。


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