マーク・ブレナン、パット・ドーラン「エピローグ:エンパシーを学ぶことについての考察」 (Mark Brennan and Pat Dolan, "Epilogue: Reflections on Learning Empathy")

Ar scáth a chéile a mhaireann na daoine”
(Under the shadow of each other, people survive)
「みな、助け合いながら生きている」
(アイルランドのことわざ)

 この最後のエッセイでこの本は終わりとなります。けれどもこれは、アイルランドにおいてエンパシーのムーブメントを起こすための旅の終わりではありません。この本に収録されたエッセイや詩は、単に読者を感動させるための心地よい話ではありません。そうではなく、エンパシーが我々の人生や幸福にとっていかに重要で中心的なものであるかを改めて思い起こすためのものです。エンパシーは、我々の人生を形作るだけではなく、家族のきずなを強くし究極的にはコミュニティのきずなも強くするために役立つものです。この本で語られた貴重な人生体験が、アイルランドの内外においてエンパシーをはぐくむムーブメントや改革を起こすことを願っています。このムーブメントや改革は、読者のみなさんの日々の行動の中でみなさんによって起こされ、さらにはみなさんに刺激されたまた別の人たちによって引き継がれていくことがとりわけ重要です。
 この最後のエッセイでは、3つのことをしたいと思います。
 まず、エンパシーが現実の話であり我々の社会にとって極めて重要であると示すことです。この本は学問的な研究でも楽観的なエッセイに満ちた本でもありません。我々には、10年以上エンパシーを学問的に研究し、またそれをプログラムや政策を通じて実践してきた蓄積があります。みなさんに、エンパシーによって個人やコミュニティが変わることを、現実の、目に見える、また数値化された形で示したいと思います。エンパシーは本当に大切です。単なる一般的な意味でなく、個々の人生やコミュニティをより健全なものに永遠に変えるという意味で、極めて個人的な、同時に客観的な意味で大切です。どんな小さなことでも、エンパシーを行動に移すことで、後世まで続く大きな影響をもたらすことになるのです。
 次に、この本は我々に関してはすでに目的を達成したということです。というのも、我々はこの本を作ることで、エンパシーと思いやりを持って行動すれば日々の生活が変わると改めて気づくことができました。みなさんにも同じ気づきを体験してほしいと思います。この本に収められたお話は、エンパシーが数えきれない形で我々全員に影響を与えていることを明確にしてくれました。そしてエンパシーを長年研究している我々も、この本を通じてこれまで全く気づいていなかったことに気づくことができました。この本を作ることで我々も変わったということを、みなさんに知ってほしいと思います。
 3つめは、この本のように示唆に満ちた本を読んだみなさんは、「次は何?」「私は何ができるだろうか?」「どうすれば私自身やほかの人にエンパシーをもたらすことができるだろうか」と問いかけることになるでしょう。ここでは、みなさんが日々の生活でエンパシーを使い、またエンパシーを他者の生活の一部にもしていく方法をいくつか提案したいと思います。いずれも検証済みの研究や実践的な体験に基づく方法です。忘れないでほしいのは、エンパシーには大きすぎるものも小さすぎるものもないということです。重要なのは、あなたが可能な限り(できればそれ以上)エンパシーを持って行動することです。我々はみなさんがエンパシーを広げてくれるといいなと夢を見ているわけではありません。我々アイルランド社会は、あなたたちの行動が頼りなんです。あなたたちが必要なんです!


なぜエンパシーか

It takes more courage to dig deep in the dark corners of your own soul and the back alleys of your society than it does for a soldier to fight on the battlefield.
William Butler Yeats
「自己の魂の暗部や自分の社会の裏側を深く追及することは、兵士が戦場で戦うことよりも勇気を必要とする」
ウィリアム・バトラー・イェイツ

 エンパシーを表したり受け止めたりすることは、個人や社会の発展のあらゆる面で中心的かつ最も重要な要素です。すなわち自己肯定感、健全な家族、生産的な友人関係、そして強いコミュニティの基礎となるものです。すべてが我々自身の幸福に影響するものです。一言でいえば、エンパシーは社会が機能し個人が成長するための基盤であり、我々が最も直接的に世界に貢献できる形なのです。
 エンパシーは、他者や自分の心理状態又は心理状況に対する対応だと説明されてきました。すなわち他者が感じていることや感じているであろうことを理解し受け入れることです。しかしもっと簡単に言えば、心理的に「他者の立場に立ってみる」ことで他人を思いやる能力のことです。エンパシーはまた、他者の視点を予測し理解し体験することを可能にする重要な社会スキルであるともみなされてきました。エンパシーは一般に、認知能力(他者の感情を理解する能力)と感情特性(他者の感情を体験する能力)の双方を含むと理解されています。


失われたエンパシー、失われた人間性
 みなさんがご存じの通り、近年社会の個人主義化が進んだことで、エンパシーという価値観、社会に対する関心、市民社会への参加といったことが世界的に世代を超えて低下しています。エンパシーや社会を支えるその他の価値観は社会の団結や民主主義にとって不可欠なものですから、エンパシーという価値観や他者に対する思いやりが失われたり忘れられたりしないようにすることが重要だと言えるでしょう。エンパシーは、この本の執筆者たちが体験した現実の生活や活動の中心にあるもので、より健全なコミュニティと社会をもたらすものです。


「秘伝のソース」としてエンパシーがもたらすもの
 
エンパシーやエンパシーに基づく行動は目に見えて減っていますが、あらゆる場所でエンパシーが引き続き存在していることも分かっています。また我々の日々の生活において、エンパシーが様々な形で地球レベル又は個人レベルで我々にメリットをもたらしていることも分かっています。エンパシーや仲間同士の助け合いによって、社会の肯定的な理解や思いやりを促す基礎が提供されます。エンパシーは、人間関係にとってパンとバターのようなもので、我々みなが生を全うするために必要なものです。社会的なメリットもあります。これまでの研究によれば、社会と感情を健全に機能させ、社会、心理、個人の発展を促し、最終的に市民社会を豊かにするためには、エンパシーを育むことが不可欠なのです。
 十分なエンパシーがないと、いじめ、攻撃、暴力といった反社会的な行動が増える傾向にあることが研究で分かっています。社会の団結や統合にとってエンパシーが大事であることや、他国でのエンパシー教育の成果に関する証拠が集まっていることを踏まえれば、エンパシーや他者への思いやりといった価値観が公式及び非公式の教育制度においてもっと注目され、また世代を超えた市民社会において促進されなければならないことが明らかです。
 個人レベルでは、エンパシーは、我々が人生をどのようにとらえるのかに影響し、また我々が何に情熱をもってどのような職業についていかに活動していくかを方向付けるものです。重要なことは、我々は元々エンパシーや思いやりを持ち備えていて、かつ我々はエンパシーを学ぶことができるということです。
 エンパシーを与え表現することは、我々多くの個人を豊かにします。家族であれ、友人であれ、コミュニティやその他の集まりであれ、他者のエンパシーがなければ我々の人生は異なったもの、おそらくずっとさみしいものになっていたことでしょう。エンパシーのこうした社会的心理的効果を確認する研究は増えており、個人的心理的発達のみならず学習効果、社会貢献、メンタルヘルスの改善、孤独の減少、支援の提供といったことにも広がっています。
 エンパシーの表現は、我々が共同して行う活動の核ともなっています。芝居や映画、音楽、教育、料理、文学、研究、コメディ、アートやその他どのような表現であっても、エンパシーという仕組みがあるからこそ、我々はより広い世界とつながり、喜びや悲しみを共有し、きずなや安らぎを与え、人とのつながりを広げていくことができるのです。我々の人生における社会的通貨とも言えます。またエンパシーという仕組みがあるからこそ、人間性を行動で示し、社会を支援し、親切になり、関心を喚起し、そして人権(及び正義)のために戦うことができるのです。我々の様々な活動のプラットフォームを活用することで、他者のために活動し、他者の要望に耳を傾け、よい変化を起こし、よりよい世界にするための方法をより多くの人たちに示すことができるのです。これは単に他者の利益のために行うのではなくすべて我々自身のためでもあるのです。我々の活動を通じて、エンパシーが、食事を人々に提供する料理人や、ライターや、ミュージシャンや、教員や、演じることで他者のストーリーを伝える役者や、絵画や彫刻を通じて世界を解釈するアーティストや、我々の人間性に共通するありきたりでちょっとした側面について新たな視点や見解を提供してくれるコメディアンが、それぞれエンパシーを表現していることが分かります。


この本がどのように我々に影響を与えたか

Your battles inspired me - not the obvious material battles but those that were fought and won behind your forehead.
James Joyce
「あなたの戦いに感銘を受けた。明白な物質的な戦いではなく、あなたが頭の中で戦い勝ち抜いた戦いだ」
ジェイムズ・ジョイス

 この本を作る過程は少し変わっていました(実はそんなに変わっていなかったかもしれませんが)。まず、我々が前から知っている人たちや作品を読んだことのある人たち、エンパシーによって深く影響を受けたように少なくとも表面的には見受けられる人たちにアプローチしました。本を書いてくださいという我々の依頼を引き受けてくれた人たち全員と実際に会ってみました。毎回こうした会合をするたびに、驚きやあこがれや尊敬や畏敬の気持ちでいっぱいになりました。
 またこの本の執筆者たちと話すときはいつも、エンパシーの大きさに言葉を失いました。執筆者たちは、ありとあらゆる界隈の人たちで、あらゆることを見、体験し、本当の真実だけを見据えていました。エンパシーの本当の真実です。彼らの人生、活動そして歩んできた道のりは、エンパシーと密接に絡み合っていました。エンパシーは、彼らが世界を(そして彼ら自身を)よりよくするための最も強力な武器だったのです。
 執筆者との会合を終えた後には、決まってその執筆者のファンになっていました。熱狂的なファンです。その人たちがこれまでにしたことをすべて知りたくなるくらいのファンです。インタビュー、ポッドキャスト、ユーチューブのビデオやインタビューをすべて見ました。彼らについての興味は尽きることなく、彼らの人となりや生活や冒険や行動を知りたくてインターネットを調べました。彼らが地位や賞を獲得しているから尊敬しているわけではありませんよ。我々2人はお気に入りのロックスターについてすべて知ろうとする15歳の少年に戻ったような気持ちを楽しみました。執筆者たちの控えめな態度や世界をよくするためにエンパシーを使おうとするゆるぎない決意に尊敬を感じたのです。そして、彼らが人々の暮らしに与えた大きく比類ない影響に今も驚いています。
 執筆者たちが書いてくれたエッセイを通じ、我々は他者の人生を訪れることができました。あなたも本を読むことで我々と同じ経験をしたことでしょう。どれが気に入ったかはそれぞれ違っても、たどった過程はみな同じでした。我々はいっとき「彼ら」になり、新たな世界を知りました。我々はこの本を通じて他者の人生を歩み、それによって我々自身も変わっていくことでしょう。世界にはいま、想像できないほど多様な人々がいます。みな、エンパシーを行動に移しお互いを理解しあうことで、人間関係をよくするための正しい道のりにいることは間違いありません(自分自身がそう思っていないとしても)。彼らはみな、気づかないうちに様々な形で世界を変えたのです。

ここからどこへ向かうか

The ordinary acts we practise every day at home are of more important to the soul than their simplicity might suggest.
Thomas Moore
「毎日家で行う日常的な行為は、単純ではあるが実は魂にとって重要なものなのだ」
トーマス・ムーア

 我々はみな、とても複雑で厳しく時に困難な世界のなかで、自分たちの人生を自分自身や他人にとってよりよいものとするために何ができるかを考えています。この本のエッセイと我々の長年にわたる研究やプログラムが明確に示していることがあります。それは、あなたの大小様々なエンパシー行動が極めて大きな影響力を持つということです。我々はエンパシー行動がどのように人々やコミュニティに影響するかを実際に知ることはほとんどありませんが、我々の行動の影響は長く長く続くものです。
 この本の具体例を通じ、エンパシーがどのように与えられ受け止められているか、またエンパシーがどのようにみなされ行動に移されているかについて、学ばれたかと思います。ここからは、エンパシーのレシピを簡単なステップで示します。
  理解すること
  実践すること
  障壁を考えそれを克服すること
  やり続けること!
この本は、以上のことについてたくさんの具体例を提供しています。これから皆さんがエンパシーを与えたり受け取ったりするための活動をする際にはこれを指針としてください。あなたがやろうとしていることは素晴らしいことです。もっとも重要なことは、やり続けることですよ!


最後の(といっても最後じゃないかもしれない)言葉

Don't look for meaning in the words. Listen to the silences.
Samuel Beckett
「言葉に意味を見出そうとするんじゃない。静寂に耳を澄ませ」
サミュエル・ベケット

 この本は、我々の生活から切り離せないエンパシーの中心的側面を長期的に再評価し、共有し、理解していくための出発点です。我々は多くの違いを抱え異なる人生を歩んでいますが、エンパシー、社会的支援、そして共通のつながりを必要としているという点では同じです。これは、我々がどうやって共に生き、対立やトラウマや喪失を乗り越えていくか、また最終的にはどうやって共に発展していけるかに関わるのです。
 我々の多くは、過酷な状況やそこからの回復の過程でエンパシーが恒久的な強いインパクトを持つということを身をもって体験しています。それは、子供時代のトラウマや喪失に関連する経験であったかもしれないし、9.11や戦争や貧困やコロナ禍と向き合う中での経験だったかもしれませんが、いずれにおいてもエンパシーは我々が前向きで建設的になりまた地球市民として行動するための力を与えてくれました。重要なことは、歴史上もそうであったということです。つまり、戦争や疾病や災害やテロやその他の脅威を前に、社会を変えたとして記憶に残るのは困難にある他者に思いやりや親切心やエンパシーを示した者たちだったということです。1914年のクリスマスには、エンパシーのために戦争が一時止まったこともあったんですよ。今日、思いやりやエンパシーや親切心は、目の前の危機に対応しそこから回復するための能力の核であり、今後生じるであろう困難に立ち向かう際に我々の支えやよりどころとなりうるものです。
 我々はシンプルな目標をもってこの本を作りました。学問的文献や我々の活動と経験から得た実践的な知見はエンパシーの重要性を雄弁に語っています。我々はまた、エンパシーが我々自身の生活においても重要な役割を果たしていることを理解し認識しています。だからこそ我々は、エンパシー教育が学校、コミュニティ団体、生涯教育など、エンパシーが認識され活用されうるありとあらゆるレベルでみなに提供されることを目指しています。そしてそれを可能にするのは、この本と、執筆者のみなさんの作品と、読者のみなさんのリーダーシップです。さっそくやってみてください!

Thanks empathy!
Mikey Kerin
「ありがとう、エンパシー!」
マイキー・ケリン(訳注:本の執筆者の1人)

※訳者注:マーク・ブレナンはペンシルバニア州立大学の教授、パット・ドーランはゴールウェイ大学の教授。

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