キリアン・マーフィー「つながりについて」 (Cillian Murphy, "On Connection")
秘訣はやってみることにあるようだ。使ってみること。つながりを作ること。聞くこと。楽器を習うように、あるいはお話を書くように、…心地よい瞑想のように。こうしたことはすべて教えることができるし学ぶことができる。そしてエンパシーにも同じことが言える。
2010年、ゴールウェイのドルイド・レーンの劇場でパット・ドーラン教授に出会った。彼のゴールウェイ大学(Ollscoil na Gaillimhe)UNESCO子供家族研究センターでの活動についてたちまち話が弾んだ。とても興味をひかれたのは、センターが若い研究者たちと共に研究しているということ、そして偏見や倫理について若い人たちを訓練し、彼らにほかの若い人たちからアイルランドでの生活や経験についてのデータを集めさせているということ。それに、アイルランドにおける政策に役立てるため、データから分かったことを政府に提供する予定であると聞いて、とてもよく考えられていると思った。
この素晴らしく価値のある活動を広められればと思い、センターのパトロンを引き受けやる気に満ちた若い人たちのやっている仕事の広報の手助けをすることにした。長年活動を共に続けるにつれ、特にエンパシーの力について追及し広めるようになった。
この活動を始めた当初は、エンパシーをどう定義すべきか、僕の人生においてエンパシーを実践的な形で位置づけるにはどうすればよいか、よく分からなかった。ただエンパシーを広め、学校教育課程の一部にしようと要請するならば、エンパシーについて理解する必要があると感じていた。
エンパシーについて考えを深めるにつれ、少しずつ、エンパシーが実は僕の役者としての仕事の根本的な要素であることに気づき始めた。そしてエンパシーは僕の父親としての仕事の根本的な要素でもある。
若い役者が何度も言われることの一つに、「演じることは聞くことだ」という表現がある。これは要するに、そのシーンの共演者が言ったりやったりしていることをすべてをしっかり聞いて受け止めていないと、本当にそのシーンにいるとは言えないということだ。簡単に聞こえるけれど、そう簡単じゃない。僕も経験したことだから分かる。若い役者は自分の演じる役柄が感じたり経験したりすることにすごく集中しているから、他の役柄が感じたり経験していることをしっかり受け止めていないことがあるんだ。
でもこれは演じているとは言えない。なぜならそこにはつながりがないから。
これと同じようなことが現実の社会でもたくさんあるんじゃないかと思う。たとえばソーシャルメディアでの自己中心主義、他者のためには時間を割きたがらない傾向、メディアや政治のエコーチェンバー現象(訳者注:自分に都合の良い情報だけを見聞きすること)。
聞くこと、本当の意味で聞くことは、エンパシーの行為だ。ステージの上や映画の中では、登場人物がそれぞれの言うことを本当の意味で聞いていると、なんてことのないシーンも特別な何かになる。そして観客はそれを感じとる。
「よい聞き手」になれという表現があるのはこういうことだと思う。僕たちはみな、それが何を意味するか本能的に知っている。本当の意味で聞いてもらうこと、本当の意味で耳を傾けてもらうこと。
僕もパットやゴールウェイ大学センターのほかの仲間たちと活動を続ける中で、エンパシーについて新しいことを学んでいった。つまりエンパシーがシンパシー(同情)とは違うということ。アドバイスはエンパシーの真逆であるということ。
エンパシーはつながりのこと。
僕には2人の息子がいる。今の世の中で息子を育てることは難しい。あからさまないじめっ子や女性差別者に育たないように、あるいは皆が日々うんざりしているような有害な男らしさの押し付けのような人間とならないように、できる限りのことをしている。
だけど、子供は生まれながらにエンパシーを持っているんだと思う。エンパシーという言葉の意味はまだ知らないかもしれないけれど、大人よりも本能的にエンパシーを理解している。これは自分の子供たちを見ていると分かる。
子供にあるこの本能を育てることが重要だ。彼らが相当の時間をオンライン(オンラインは競争や対立に満ち、つながりが失われている)で過ごしている今の時代においては特に。
2016年から、エンパシー教育はアイルランド中の学校で展開され、カリキュラムの一部として提供されている。「社会的エンパシーを活用する(Activating Social Empathy)」は小学校卒業後以降の生徒向けに特別に準備された12週間のエンパシー・トレーニング・プログラムだ。
プログラムの中身は4つのカギとなる学習分野から構成されている(エンパシーを理解する、エンパシーを練習する、エンパシーに対する障壁を克服する、エンパシーを行動に移す)。まず、生徒はエンパシーが何か、なぜ重要かを学ぶ。次に生徒はエンパシーのスキルを練習し強化するために何週間か過ごす。そしてエンパシーに対する障壁について議論しどうやってその障壁を乗り越えることができるかについてブレーンストーミングをする。そして最後に、生徒が「エンパシーを行動に移し」それぞれが選ぶ社会行動プロジェクトに参加することでプログラムは完結する。
2020年、子供家族研究センターは学校のエンパシー・プログラムについてランダム化比較試験(訳者注:教育効果を評価するための調査)を行った。その結果は素晴らしいものだった。プログラムを修了した生徒たちはより高い認知的エンパシー(たとえば他者の視点をよりよく理解できるようになった)と情動的エンパシー(たとえば他者の気持ちや感情を自分のものとして感じようとする意欲が高まった)を示したのだ。
実際、神経科学の最近の研究は、若い人たちにエンパシー教育を行うことで学業成績が改善することを示している。これは「ガンジー・ニューロンの発火」と名付けられた(訳者注:ガンジー・ニューロンは他者と共感するニューロン(神経細胞)のこと。ニューロンの「発火」により情報伝達が行われる)。
つまりエンパシーは存在しかつ操作できるということ。エンパシーは基本的には他者の立場に立つ能力という形で存在しているが、真の意味での利他的な行動に昇華させることもできる。違いに対して寛大になるよう働きかけたり、不寛容に対する砦となったり、つながりの欠けた世界につながりをもたらすことができる。
この本を手に取ってくれた読者のみなさんに感謝します。この本の売り上げはすべて、このエッセイで書いたプログラムのために使われます。
この本の中には、エンパシーに関する多くの様々な考察が収められています。アイルランドの様々なバックグラウンドの人たちが書いたもので、とても個人的なものもあれば、より客観的なものもあれば、とても感動するものもあります。そしてできれば、あなたが何かつながりを見つけられれば良いなと思います。
※訳者注:キリアン・マーフィーは俳優でゴールウェイ大学UNESCO子供家族研究センターのパトロン。
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