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眠れぬ夜に-17-
第17夜
『カレー』
ここ十年は本業のデザインより食に関わる友人ばかりが増えているのだが、今日わが家に立ち寄ったMさんはたしか料理教室の主催だった。
たしか、と確証が持てないのはこれまで一度しか面識がないからで、それでも覚えているのはその見目である。大勢に囲まれながら、笑みをたたえた大きな瞳がまっすぐ相手を向き、鼻筋も口元もまっすぐで大作りだが涼しげである。それを包む黒くウェーブした髪が長い手足にあわせて揺れる。ただ歩き、挨拶を交わすだけで耳目を集める根っからのスターは、そつなく私にも一瞥をくれていた。その彼女がわが家にやってきた理由は父だった。父に挨拶したいと言う。どういう繋がりかは知らなかった。
その時父はデイに行っていて不在で、私は残り物でカレーを作っていた。その芳香が玄関まで及び、私は気が重くなったが彼女のきさくな笑顔は安心感がありそのまま居間に通した。私は彼女を別段まぶしいと思ってはいなかったが、なぜか気後れしてしまうのはカレーのせいだと思った。
しかたない、今から食べようと思っていたので、と誘うと食べたいと笑った。大きなカツの乗ったカツカレーは出来立てなら美味しかったと思う。しかしここで供じたのは油がややすえた代物である。
子どもの頃、肉は贅沢品ですき焼きと豚カツと焼き肉はご馳走だった。肉が安くなった今でもその感覚は変わらない。次の日に残り物を再調理して食べるのを恥ずかしいと思ったことはなかったが、今日の豚カツは子どもの頃、不幸ではなかったが貧しかったことを思い出させる。心地よい胸の痛みがじんわり拡がった。
いやだからと言ってこれを客に出すのは失礼かと思い顔を上げると、カレーの上のカツと彼女が消えていた。
私はカレーを見つめて思い出の続きを探った。
第17夜
『カレー』
了
ノンアルで晩酌のまね事をするようになって久しい。その日の事を手のひらの上に出して見たりクズカゴに入れて見たりもするし、考えても仕方のない事を取り出してきて結局は「仕方ないか」としまい込んだりもする。何も解決しないけれどそれがまたよい。相手がいればたわいもない話で時間を潰し、頃合いで引き上げる。飲んでる時にこれが出来たなら、なんて後悔も案外悪くない。
それでももうちちょっとだけ、と感じた時は小さな物語を読む。小説でもエッセイでも漫画でも。最近は昔書いた自分のテキストを眺めるのも好きだ。私自身、驚くほど忘れていて新鮮である。アル中の利得と言う事にしよう。
暫く、その雑文をここに披露させて頂く事にします。眠れぬ夜の暇つぶしにでもして頂けたら幸甚です。
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