眠れぬ夜に-18-
第18夜
『納骨』
3年、お腹の中をいれてもたったの4年だけど、あなたといた時間だけが私の人生でした。あなたのお骨(こつ)をお墓に納めたばかりなのに、やっぱり連れて帰ればよかったと後悔しています。できればずっと私の部屋にいて欲しかったけど、それは叶いませんでした。
パパはママがずっと泣いているのを心配しています。うそ。ちょっと呆れています。パパはまたその時が来たら子供ができると言います。でもそう言われるとママはあなたのことを思って余計辛くなる。パパはなんで私の気持ちがわからないのかしら。あ、でも、、。ねえ、すきな所に生まれ変われるなら、またママのところに生まれてきてくれる?
・・・なんて、バカよねママは。
パパが隣駅まで歩こうと言うので、ママはこうして、あなたと話す時間ができました。今は線路沿いの小さな丘の上にある公園へ続く階段を登っています。ママは履きなれない靴で足が痛いのに、パパはずんずん先を行っちゃう。二人ともさっきからずっと黙ってるから、パパはつまんなくなったんだ。
つまらない、、。そう、つまらないのはママの方ね。生まれてからずっとずっと灰色の世界で、やっとあなたという太陽が出たと思ったら沈んでしまって。色も光もありません。本当につまらない人生です。ねえ、あなたはなんで消えちゃったの・・・。辛いです。
雑草ばかりの公園も、しめってだらしない路地も、頭のすぐ上をかすめる高圧線も、あなたとの思い出の中では輝いてるのに、目の前には汚ならしいものばかり。嫌いです。
・・・ああ、言っちゃった。ほんと大っ嫌い。あなたにはママの気持ちを言います。本当はパパのこともあんまり好きじゃないの。ただなんとなく一緒にいるの。バカよねママは。
でも嫌いでもないの。パパは、、パパは何で私と結婚したのかしら。あなたが産まれた時は、この人と一緒になって良かったと思ったはずなんだけど、それもずっと昔みたい。あなたのお骨だけが本当だったけれど、それも今はここにありません。
いつの間にか霧が出てきました。パパは先にいっちゃって全然見えません。今の気持ちを言うけど悲しまないでね、ママもこのまま見えなくなっちゃいたいです。消えたってあなたと会えるはずもないのだけど。
あれ、霧がどんどん深くなってきたわよ。もしかしてあなたがお迎えに来たのかしら、、そんなわけないわよね。バカよね、ママは。
ああ、でも懐かしいわこの感じ。全てが灰色だったのよ。色がないの。そう、色だけじゃないわ、音も温度もないの。ただ匂いはあったの。ただ匂いだけの世界。雑巾や共同トイレや湿った壁やお総菜やさんのプラスチックの匂い。 ささくれた畳とたまった洗濯物と西日の匂い。
(ガサガサ・・)
あら猫かしら。猫の匂いは嫌いじゃなかったわ。それより大人の人の汗臭いのが一番嫌いだった。でもねえ、パパは匂いがなかったの。それが良かったんでした。
あなたはねぇ、最初しょっぱくて生臭かったの。その匂いをかいだ時、生まれて初めて青や赤って色が見えた気がする。あなたはちっょと冷たくてパパの手は温かくて。
・・・あれ、おっぱいの匂いがする。白くて甘い匂い!あなた、やっぱり来てるのね、どこにいるの?
あ、おっぱいから雨と病院の匂いに変わりました。・・・あの日の匂い。あの日の雨。色も光も命も、あの雨が全て流してしまったんでした。今度は焼き場の匂いがする。そんなの酷い。ママを苦しめないで・・・。
涙でよく見えないけど、霧の中で光っているのはやっぱりあなたね。わかるわよそれくらい、ママがいくらバカでも。でもあなたとこうして悲しみに包まれる時が一番切なくて一番好きなの、ほんとにバカよね、ママは。
(ガサガサ・・)
霧が晴れたらすぐ前のベンチにパパがいて、缶コーヒーを買って待っててくれました。ママはパパの横に座って黙ってコーヒーを飲みました。ベンチからは緑色の駅の看板がはっきり見えました。またお話に来るわね。ありがとう。さようなら。
第18夜
『納骨』
了
ノンアルで晩酌のまね事をするようになって久しい。その日の事を手のひらの上に出して見たりクズカゴに入れて見たりもするし、考えても仕方のない事を取り出してきて結局は「仕方ないか」としまい込んだりもする。何も解決しないけれどそれがまたよい。相手がいればたわいもない話で時間を潰し、頃合いで引き上げる。飲んでる時にこれが出来たなら、なんて後悔も案外悪くない。
それでももうちちょっとだけ、と感じた時は小さな物語を読む。小説でもエッセイでも漫画でも。最近は昔書いた自分のテキストを眺めるのも好きだ。私自身、驚くほど忘れていて新鮮である。アル中の利得と言う事にしよう。
暫く、その雑文をここに披露させて頂く事にします。眠れぬ夜の暇つぶしにでもして頂けたら幸甚です。