Hanami
Desde la época de los Samurai, hace 400 anos ,los japoneses hacen una fiesta debajo de los arboles de los cerezos en flor, comiendo bebiendo bailando y cantando. Nos gusta mucho la flor del cerezo. La fiesta tiene este significado.
侍がいたころから、400年前くらいかな、日本人は桜の木下で食べて、呑んで、歌って、踊って祭りをするんだよ。って私はスペイン人の友達に花見の話をした。祭りにはこんな意味が込められた。って。
“予祝“ 未来をイメージして祝うという行為。種をまく頃咲く桜の木下で、その年の豊作を喜んでいる様をその未来の気分を設定して豊かな気分で歩む。400年も前からあったんだ引き寄せの行為、先人が楽しんだ楽しい生き方。知ると試してみたくなる。予祝という言葉は去年とっても悩んでた頃ある人との会話から飛び出てきた。不安ばかりを纏って過ごしていたんだけどそのアクティブな雰囲気の男との語らいは、変化する事を信じてないのは、とっても退屈な行為だなってもったいないなって思えた。
予祝、なんかいいなって、その夜はとても素敵な不思議な夢を見た。私はハワイにいてなんか勇気が足りない感じで、ストーリーにまとまりはなかったんだけどビーチに誘われるんだけど中々動こうとしない私のところへ、背中を押してくれる様に数人友達が登場するんだ。行こう!!とか行っちゃえー!!とってもあったかく私を信じてくれてる感じが伝わって、私急に海へジャンプするんだ。そしたら映画のポニョの海のお母さんみたいな光に抱きしめられながらスーってアーチを描いて泳いで泳いだ後を虹色のキラキラの跡がついてきて岸に着くんだ。それがとっても気持ちのよくて高揚してる心地の夢だった。岸に上がるとお友達のお友達の歌手のマイクロに『分かるよ、いいね!!』って云われて目が覚めた。起きてからもあの海に包まれてる感触が残ってて、私はその日夢の中で予祝やってみたのかなって笑った。
今、コロナで日本へ手紙を出す事も許されないなか今年の計画が思う様に進まない。それと同時に何かを思い出したいのか私は、無意識に色んな事を振り返っている。その振り返った記憶は私を元気付けたし、今を重ねて自分の変化に勇気づけられたりする。世界中も一緒なのかな!?それでも人は、忘れる生き物で欲しくない癖が出てきちゃったりする。そこは許して思い出したらまた予祝の心地へ入ろうと思う。私はジュエリーを作るのが仕事だが、今年はアマゾンが燃えて動物のしんどそうな様子とかウィルスのコロナでお年寄りがマスクして手袋して歩く様とかみてると、夫の仕事を私もいつの間にか一緒に考え出した。
No hay mal que por bien no venga.(悪い事はいいことにかわってくる)
彼の仕事はそんな仕事だ。環境に悪いものが、あるマシーンをとうすと大地や動物を助けることになったり、自らのパワーをもっと生かせる様に導く植物の力とか、それらに関わる人間模様とか少しそこに没頭してみたくなった。“サスティナビリティ“をテーマにした仕事。仕事の枠を超えて生きるのに必要なことの様に思う。どんな事が始まるのかな。できるかな。
Another starting line.
Bonny Chic_U
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?