目が覚めるような
青いシャツを着たホームチームが10人の戦いを強いられることになってからは12分が、2-0のスコアで後半が始まってからはとうに30分以上が経とうとしていた。
あの日のスタジアムで唯一と言っていい、一瞬の曖昧な空間。そこにいる誰もが惰性のままに歌い、その試合の意味合いを少しばかり忘れかけていた。情熱と情熱の合間の、ふらふらと浮き上がった時間。
不用意なオフサイドからの素早いリスタート。不意を突かれるアウェイチームの選手。次の瞬間、DAZNのカメラは途中出場の若武者を捉えていた。
大きな、しかしやはり丁寧なタッチで、伸びやかに前進する。ちょうどタッチライン際まで出ていた大男の頬を、風がびゅうと走ってゆく。
彼には、ピッチ上のことがよく見えていた。先ほど躱したばかりの相手選手が再び背後から迫ってきていたことも、彼のチームメイト――既にその試合の前半で得点を決めていた選手だ――が別の相手選手とゴール前の駆け引きをしていたことも。しかし彼はそれ以上に、自身がその瞬間にボールを持っていることの意味を、他の誰よりも深く理解していた。
全身のスピードを緩め、相手との間合いに入る。丁寧な足の運びはそのまま、ボールを足先でつつく。一回、二回、三回。
刹那、あらかじめ決められていたかのように滑らかな彼の切り返しが、彼以外の6万人を鮮やかに裏切った。雪崩込むような左足のシュート。弾かれたボールはそれでも、その道筋を確認するようにして白線を越えた。
ボールとネットの接触が引き金となって、しばし消えていた音と声が、倍になってスタジアムに戻ってくる。
広告ボードをひらりと飛び越え、満開のスタンドへ駆け出していく。
彼はまだ、22歳だ。
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