シャーリー・ジャクスン『丘の屋敷』
シャーリー・ジャクスン『丘の屋敷』
Shirley Jackson “The Haunting of Hill House” (1959)
渡辺庸子 訳
“幽霊屋敷もの”なんてジャンルが確立されているのか、恐怖小説の一種であることは間違いない。
怪奇現象の数々はどれも名場面と言えるほどで、頭の中に鮮やかな光景が浮かぶ。
謎は謎のまま、人智が及ばないところを残すのもまた良い。
哲学博士ジョン・モンタギューは、超常現象を分析することで学界から一目置かれたいと考えていた。幽霊屋敷と恐れられる建物の存在を知った彼は、一夏かけて住み込み調査するため、助手を募集する。
数ある候補の中から絞り込まれ、そして実際に屋敷まで来たのはたった二人。
子どもの頃にポルターガイスト現象を経験したエレーナ・ヴァンスと、透視能力を発揮したことのあるセオドラ。
さらに所有者の甥で、盗み癖のあるルーク・サンダースンも参加することに。
不思議な縁で集った四人は、奇妙で不穏な屋敷内で、得体の知れない不安からか自然と結束する。頑なまでに決まり事に固執する管理人が作る料理は、意外にも誰もが絶賛するほどで、最初の数日は余裕すら持っていた。
しかし、次第に説明のつかない異常な現象が起こり始め、とりわけエレーナは少しずつ自分を見失い始める…
屋敷は間取り図が欲しくなるほど複雑かつ独特の設計になっている。同心円状に部屋が連なっているうえに、尖塔すら備わっている。
周囲からは完全に孤立している屋敷は、建てたそのときから悲しい歴史がつきまとっていたと、モンタギュー博士から詳しく語られる。
20代の全てを母親の介護に捧げた末に、亡くしたばかりのエレーナにとって、今回の滞在こそが束の間の解放だった。
視点は時折エレーナからになり、他者に対する評価も唐突に変わったりする。
屋敷の邪悪な雰囲気に飲み込まれつつあるのか、それとも徐々に一体化していっているのか。
深夜に何かが扉を強く叩いて回る音、廊下の巨大な落書き、血塗れになった部屋と服、セオドラだと思って握り締め合っていた手は一体誰のものだったのか?
見てはいけない幻影なのか、敷地内でピクニックする家族も幸せそうなだけに余計に恐ろしい。
読んでいるこちらも、”わたしは、今、本当に怖い”(226頁)気持ちを味わった。
後半ではモンタギュー夫人と友人のアーサーが登場し、二人は趣味で霊媒師めいたことも行う。基本的に滑稽な調子で描かれるが、なぜかエレーナのことだけは言い当てていたりと、そこはかとなく気味悪さを仕込んでいる。
シャーリー・ジャクスンは必ずと言っていいほど短編「くじ」の作者として語られるが、ご多分に洩れず私もその認識だった。
享年45歳と短命だったため作品は限られているが、邦訳も近年進んでいるようだ。
未見だが今作は映像化も何度かされている。
それにしても、不快なはずなのに人はなんだって小説やら映画やらでわざわざ恐怖を味わうのだろうか。