見出し画像

映画『マイ・ニューヨーク・ダイアリー』

フィリップ・ファラルドー『マイ・ニューヨーク・ダイアリー』(2020、アイルランド・カナダ 、101分)

爽やかな読後感、とでも評したくなる心地良い快作。

仕事を通しての成長物語でもあるし、恋愛で揺れる青春物語でもあると言える。



1995年、ニューヨーク。

作家になりたいという熱い想いを秘めた主人公は、刺激的な大都会から離れ難くなり、まずは生活の基盤を作るべく就職する。

そこは歴史ある出版エージェンシーで、誰もが知るような大作家を何人も抱えていた。

そのうちの一人、J.D.サリンジャーには、世界中から熱狂的なファンレターが日々届く。
念のため全てに目を通し、一言一句決められた返信をするのが仕事の一つだ。

読者からの文面には、いかにサリンジャーの小説が自分に影響を与えたか、情熱が行間からほとばしっている。
その熱量に感化された主人公は、つい規則を破り、自らの言葉で代返し投函してしまうのだが…。


原作があり、主人公ジョアンナの自伝的な作品となっているようだ。

全て事実だとすれば、羨ましいというか大きな幸運に恵まれたような体験で、それこそ書いて伝えなければならないような話だ。


ある時を境に、公の場からほぼ姿を消したサリンジャーはそのことも相まって神話性を帯びている。

けれども、ここでは飾らない気さくな人物として描かれており、周りには本当の夢を大っぴらに言えない主人公に対しても、背中を押してくれるような助言さえする。


それにしても、今から振り返れば90年代半ばは牧歌的にすら映るし、もうかなり古い時代になっているのだなと感じた。

上司は職場のどこででも煙草を吸うし、携帯電話などもちろんまだない。
連絡手段としての手紙、そしてタイプライターやカセットテープも現役だ。

初めて試しに導入するコンピュータを上司は異様に毛嫌いするのだが、仕事ができる人ゆえ、これによって自分たちの役割が近い将来なくなる可能性がある、と潜在的に気づいていたからかもしれない。


最後に、実は全て未読だと告白する主人公に倣って、恥ずかしながら私もサリンジャー体験を書いておく。

高校生のとき、授業が嫌になり図書室でサボって『ライ麦畑でつかまえて』を読んだのが最初の記憶。
いや、もしかしたら中学生のときハマりまくっていた漫画『BANANA FISH』で言及される短編がどうしても読みたくて、「バナナフィッシュにうってつけの日」が入っている『ナイン・ストーリーズ』が先だったかもしれない。

『フラニーとゾーイー』以降は読んだことがなく、この機会に手に取ってみようかと考えている。


今作を観て、もちろんジョアンナ・ラコフの自叙伝にも興味を惹かれたが、やはりサリンジャーを読みたくなった。
このことが、映画としての成功を証明している、と私は言っておきたい。



いいなと思ったら応援しよう!