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映画『ザ・ユナイテッド・ステイツvs.ビリー・ホリデイ』

リー・ダニエルズ『ザ・ユナイテッド・ステイツvs.ビリー・ホリデイ』(2021、米、131分)

FBI 対 「奇妙な果実」

不世出の歌手、ビリー・ホリデイ。ずっと後から追いかけている私からもそう言える。
彼女の壮絶な人生の中でも、今作は特に焦点を絞っている。

題名は『合衆国 対 ビリー・ホリデイ』。
より突き詰めれば、FBI対「奇妙な果実」だろう。

「奇妙な果実 / Strange Fruit」は今なお震えずには聴けない、人種差別を直截的に告発する歌。
だからこそ観衆はこの真実の歌を求めている。
それも、アフリカン・アメリカンだけではなく、白人にもそういう人はいる。

FBIはこの歌、ひいては彼女の影響力に恐れを抱き、不安を感じたのだろう。
執拗かつ、ときに不当な捜査をしてでもビリーを屈服させようとし続ける。
そもそも、権力に任せて偏見を持ち差別をするFBIって、一体どういう機関なんだ?
根拠のない妄想で頭が一杯の人たちにしか私には見えなかった。

人間ビリー・ホリデイ

強大な国家に対し、たった一人で対峙させられるような苦闘。
麻薬所持で逮捕され、名もなき一囚人として収監もさせられる。

映画は彼女の私生活面にも入り込んでいて、薬物を常習している描写も生々しい。
依存せざるを得ない理由があったのだろう。それは名声ゆえの重圧だったのかもしれない。有色人種であり女性であるという抑圧からは一生逃れられない。
心の空洞を埋めようとしての奔放な恋愛だったのかもしれない。

何より、娼館で育てられた幼少期や、凄惨な仕打ちを受ける同胞たちを通して、人間性の否定とでも言えるものを彼女は目撃している。
およそ人には背負い切れないものが歌に込められていたからこそ、時代を越えて胸に刺さるのだろう。

楽屋での付き人や取り巻きたちとの、ほぐれた雰囲気での他愛ないやり取りが、観ているこちらにとっても束の間の救いに思えてくる。

アンドラ・デイが創る2020年代のビリー・ホリデイ像

主演アンドラ・デイは歌唱力を買われたのだろう。少し甘めの、ややかすれた感じの歌声も上手く再現している。
演奏シーンでは遺憾なく実力を発揮。全ての中心に歌があるからこそ、説得力を持つ映画となった。

同時に、なり切った演技も見事だった。これが初というのだから驚き。
感情を揺さぶられる場面も多い中で、さらけ出す勇気と強さがあった。

負の側面にも目を背けない誠実さがある作品。
その視点は今に続く歴史に対してもそうだし、ビリー・ホリデイその人をも神格化せず生身の人間として描くところに対してもそうだった。


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