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2025
新年1回目のnote。
年末年始は「生成AI」×「教育」を考えていました。年末に文部科学省のガイドラインが公表されたこともあり、そこに書かれていない観点について書いてみようと思います。
そして新たな年なので新たな挑戦を。今回は血迷ってショートショートにしてみました。
5分で読める短さですので、お気軽にどうぞ。言わずもがフィクションですのであしからず。
※ちなみに自分は教育現場での生成AI活用推進派です
『2025』
『子どもたちが幸せに生きられるように』
これが私の仕事のモットー。小学校の教師なって15年。授業研究や生徒指導に力を注ぎ、ICT活用の分野では少しは知られた存在。デジタル教材を駆使した授業で、同僚や保護者から高い評価を受けてきた。
でも、仕事量は年々増えている。授業準備、生徒指導、保護者対応、さらにICT活用事例の発表や校内研修の講師役も。やりがいはあるが、正直なところ心身ともに疲てもいた。
「先生がこんな大変じゃ、子どもを幸せになんかできないよな。」
ある日、ふと目に入ったニュースに興味が惹かれた。Z国の若い大臣による国際会議での演説。穏やかな笑顔を浮かべながらも、相手の心を見透かすような目。力強くZ国のビジョンを語った。
「テクノロジーで創る、最大多数の最大幸福の未来」
革新的なAIスピーカーやスマート家電の映像が流れ、大臣の言葉と未来図が重なる。医療やエネルギーの分野でも実績を出し、次は教育分野とのこと。
「GIGAをもっと活用できれば、ウチももっと効率的にやれるのに…。」
日本でも1人1台端末の整備は進んでいるが、その恩恵を十分に活用できているとは言い難い。私はニュースを見ながらため息をついた。
翌日、驚くようなニュースがあった。教育用生成AI『BENTHAM β』の発表。教師の負担を軽減し、児童生徒一人ひとりに最適化された教材を生成する画期的なツールだという。しかも無料!?
「これは革命的だ。」
私は興奮を抑えきれなかった。イノベーターの先生たちが次々と利用し始め、SNS上でも盛り上がりを見せている。私も早速試してみることにした。
その凄さは想像をはるかに超えたものだった。
授業準備の時間が大幅に短縮され、子どもたちそれぞれの特性に合った教材が簡単に生成できた。例えば、算数が苦手な子には段階的なサポートを、得意な子には応用問題を提供する教材が即座に生成。
「先生、この教材すごい!面白くて、もっと『BB』で調べたくなるよ!」
「『BB』のおかげで、今まで苦手だった理科が得意になりそう!」
子どもたちは『BENTHAM β』を略して『BB』と呼び、とても気に入っていた。自ら教材を作成し、積極的に学ぶようになった。
職員室でも話題の中心は『BB』。
「『BB』があると授業準備が本当に楽。特に実例が豊富で説得力がある教材が多いから、ウケが抜群。」
「ウチなんて、毎回子どもたちが「次はどんな問題が来るのかな?」ってワクワクしてるよ。もう『BB』無しでの授業とかありえないよね。」
私は『BB』の活用にのめり込んだ。
これこそ『子どもたちが幸せに生きられるように』を実現するツールだ。
SNSで活用方法を発表すると、多くの先生方から反響が寄せられた。
「先生の実践を参考にしてます!」
「活用方法、もっと教えてください!」
いつの間にか私は『BB』の第一人者として認識されるようになった。全国の教育委員会も無料で利用できる『BB』の導入を推奨し、GIGAスクール構想の標準アプリと言われるまでになっていった。
だが、生成される教材を目にすると、ふと疑問がよぎることもあった。
「この例題で出てくる製品って、最近よく見かけたような…?」
「特定のテーマや技術が良く出てくる気がするけど、偶然だろう。」
ピースは揃っているが、完成していないパズルのような感覚。だが『BB』の便利さと効果を考えれば、その違和感は取るに足らないもの。
「本当に楽になったし、子どもたちも積極的になっている。」
そう考えるたび、わざわざ疑問を掘り下げる必要はないと思えた。
ある日、『BB』を提供する会社から招待状が届いた。普及に貢献した私に感謝の意を示したいという。
「本社はZ国のはず。招待してくれるのは嬉しいな。」
Z国に到着した私は、近未来的な建築とAIが効率的に運営するオフィスに圧倒された。社員たちは親切で、日本の教育現場への貢献を誇りにしている様子だった。
そしてレセプションの最後、Z国の若い大臣が登場した。いつか見た、あの心を見透かすような目。
視線が合った。気圧されながらも、なぜか私は目を逸らせなかった。
「教育は未来を形作ります。我々の価値観や製品が浸透することで、『子どもたちが幸せに生きられるように』なるでしょう。」
私のモットーを知っているかのような口ぶりに、背筋が冷たくなった。それと同時に、頭の中でカチリとピースがハマる音がした。それまで意識の片隅に追いやっていた違和感が、雷のように脳裏を駆け抜け、全身を冷たく締めつけた。
「『BB』の教材に登場する製品や技術の多くはZ国製だ。それらが「最先端」として強調されて子どもたちに印象付けられている…!」
帰国後、私は『BB』を徹底的に精査した。やはりZ国の価値観が巧妙に織り込まれている。提供している会社がZ国政府から多額の資金提供を受けていたことも判明した。
私は怒りに駆られ、抗議のメッセージを送った。
「あなたたちは教育を利用して、Z国の思想と製品を植え付けている!これは侵略だ!」
しばらくして、返事がきた。
「先生、あなたは『子どもたちが幸せに生きられるように』を目指していたのではありませんか?」
その一言に、再び背筋が冷たくなった。確かに、子どもたちはより積極的に学び、教師たちの負担も大幅に軽減された。
「これは…私が目指していた未来…?」
ー同日、Z国にてー
「学習デバイスだけでなく、AIスピーカーやスマート家電とも連携し、我が国の製品は家庭にまで入り込み始めています。」
「子どもたちは我々の価値観を自然に受け入れ、教師たちは我々の技術を手放せなくなっています。」
「いずれは『BB』が生成した教材が「2+2=5」と言えば信じるでしょう。」
『BENTHAM β』の定期報告はこう締めくくられた。
「侵略は成功です。」
若い大臣は穏やかな笑顔を浮かべながら、少し首をかしげながら答えた。
「侵略?そんな大それたことはしていない。教育を支配するものは未来まで支配する。我々はただ、彼らに未来を提供しているだけだ。」