河童65

康介は足音に首を向け、目を細めて足音の主を確かめる。
幾人かの百姓女のようだ。
「何ごと」虚ろな頭で考え、人だと思い安心して目を閉じる。
近づいてくる気配を感じ、心配の声を投げてくれるかと、わずかな安心感で目を閉じて待つ。
「グフッ」胸に衝撃が走り中の空気が口から走り出る。
「うううっ」
衝撃で身体はくの字に跳ねて丸くなりもがくしかない。
何が起こったのか。
痛い。
苦しい。
女たち助けてくれ。
思い目を開けてみる。青い空と小さな流れる雲がみえ、空と自分の間に・・・なにか見える。
胸元から鍬が空へと舞い上がるところだった。
その鍬に焦点があう。
「鍬」
鍬を振り上げ立つ百姓女。
「…なに」
康介が音を出さず口を動かしたとき、ガシュッ  
康介が見た最後の光景は、
振り下ろされる鍬の刃先越しの美しい青空だった。

・・・。

 水面に写る悲壮な顔をみて坊主はふと思う。
「…カッパは.河童どもは…儂らに何かしたのか。」
今になり考えてみる。
「得は誰がしたのか。…河童は娘に悪戯をし、そしてその後に村人との約束のものを社に取りに来た。そこに…儂らと娘がいた。」
顔を水面に浸けて水の冷たさを感じる。気持ちよい。
「勝手な勘違いで…殺しあいになってしまった儂らと百姓。なぜそうなった。」
水面から顔をあげ、揺れる水面の顔をみる。
「河童たちは今ごろ、約束の品物をもらい満腹で寝ているのでは…」
一晩の光景が頭のなかで繰り返される。
「娘の腕にしがみ着いていたのは、仲間を殺された恨みだったのだろう…もしや、兄弟親子の河童かもしれん。河童にしてみれば、縄張りに入ってきた不審な者、仲間を斬りつけた…食べ物まで奪う者たち」
考えがまとまると虚しい。
なんの意味がある夜だったのか。
「仲間の…仇討ち。仲間思いなのか…この一夜は…我らは何の意味があり…。」
水面を見つめ考え、無意味な一夜に後悔する。
我が身の、一夜で年老いた顔を水面にみる。
「老けたな…眠りたい」
呟き水面に口をつける。血と濁りある沼の水を一口飲む
「・・眠ろう」
坊主は力の抜けるまま、水面を避けてそのまま身体を伏せた。
息苦しい。
眠ったのは一瞬。
水面に顔を浸けていたようで、苦しくなり顔をあげた。水滴で視野がぼやける。
「あ、あばらが痛い」
坊主は身体を起こそうとするが、何とか首をもたげることが精一杯のようす。
からだが痛い。
水面より顔一つぶん高い視野。
目元の水滴もきれ、
「なに」水面になにかが浮いている。
「なに・・。」
いくつもの黒い目玉が、イビツな頭とまばらな黒い髪の間からこちらをみている。
「河童か・・河童どもか・。」

河童たちが水面から目玉までを出し、坊主をジッとみている。
坊主も出来るだけ首をもたげ、身体を起こそうとして目玉をみる。
目玉は瞬きもせず浮いている。
そして嫌なことは、目玉はこちらを見つめ、近づいてきていること。
「いやだ。一人にしてくれ。近付くな。」
呟いたところで、いびつ頭にまばらな髪の毛のは近づいてくる。
沼は浅いのだろうか。
浅瀬を這いつくばって近づいてくるように感じる。


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