河童67
起き上がろうと手足を動かすと身体がきしむ。
腰と脚に激痛が走った。
動くに動けない。痛みのためか疲れのためか、次に目を明けると幾日かたっているのだろう。来ているものは、さらりと乾きよりボロ着れになっていた。
助けられていた。
坊主は村人に助けられていた。
「助けられたのか…。」
誰もなにも話してくれないので何も解らなかった。
沼に浮いているところを見て不憫だと助けられたか。
村人たちはなにも話してくれない。と、言うより坊主をさけているようだった。
生きているのか生かされているのか。
村の外れの古びて傾き始めた寺に住まわされ、朝に夕にと読経をする。
村人が幾らかの食べ物を寺においてゆく、あとは寺の内で、うずく手足を使い畑を耕す。
暇には墓の手入れに寺の手入れ。疼く身体は大したことも出来ない。墓の回りの草むしりに、寺に空いた穴にぼろ着れはさみ風をしのぐ程度か。
新しい墓は、粗末に石を重ねている。
死んだ康介と娘の墓のようだ。少しまともな墓は…自ら殺めた村人の墓のようだ。
康介と娘の死んだ原因は分からない。娘は沼に浮いていた。
河童に引きずり込まれたか、自ら入水したか。
もしかすると、…村人たちか。
暇が幾らかの想像をさせる。
結局どうであれ、どうにも出来ない。
退屈な無気力な日々。
退屈の想像は自らの命にも。
「村人たちは、なぜ私を生かしている。」
殺すには不憫に思ったのか、それよりは生かして、
「生き地獄か。」
そう言ったところだろう。
それならば納得がいく。
生かさず殺さずの生き地獄。
誰も訪れず、誰ともしゃべらず。
退屈孤独の日々。
村から去るにもこの身体。
「ああ、あの夜が懐かしい。」
康介と出会い、娘と出会い、不気味に感じたあの夜が懐かしい。
今に思えば、
「あのときは活きていた。」
不気味であっても、恐怖でも、心の臓はしっかり動き、不気味な夜のなか娘の存在にも、我が身は熱くなった。
それが今はどうだ。娘の名前は…なんだったのか、果たして尋ねただろうか。
「…訪ね聞いたと…。」
坊主は静かに歩き静かに座り、迷うこともなく、一日を過ごす。
読経の時も、眠るときも、ただ、ただ、生きていた。
「河童は・・。やつらは今日も生きているのか、しかりと生きているのだろう。」
坊主は唯一の話し相手、寺の有り様からみれば、立派な仏像の前に座り経を唱える。
ただ、声が漏れているだけともきこえる。
ただ、ただ、経を唱える。
唱える合間に
「儂は生きているのか、それとも死んで居るのか。誰も話しかけない・・・。己が生きていると感じている。そう、ただの成仏できない坊主か…。」
ふと、ふと、思う。
「そうか、寺にとりついた成仏できない魂なのか…それとも四十九日たたないだけか。」
経を唱えるのをやめる。
自分への経を唱えているのか。
辺りは静かだ。
「きこえる。風の音がきこえる。草木を揺らしている。」
生きているようだ。
「ねむりたい・・・。」
経をやめ、まぶたを閉じる。
「眠ろう。眠らせてもらおう。」
仏像へとコトワル。
眠ろう。静かな願いだけだった。