母にとっての全国高校駅伝
毎年後輩達が頑張ってくれる姿は
故郷を離れた母に力をくれる 💖G(≧▽≦)
50年前の夏に母は諫早高校の陸上部に入った
ガチガチの進学校だったので
エースのM女史たちが高2で引退し
高体連に出るのに部員数が足りないと
体育教師のT先生が
エスケープばかりしていた私に
『陸上部に入ってくれんね』と頼みに来た
その頃は母の「被爆者だった母親」が入院し
母は駅前の「まるたか」で食材を買い
1時間に1本しかないディーゼル汽車に乗り
山道を1時間かけて歩いて帰宅していた
それから風呂を沸かして晩飯を作って
片付けが終わると受験勉強。。。。
父親から『女に四大は要らん』と言われ
家から通える県短と看護学校を受験し
結局短大受験は失敗したが
物わかりのいい熱血先生たちと
陸上部員たちと悪友たちは
高校時代の母にとって救いの神だった
走るのは結構得意だった
当時は野球部が甲子園に行く強豪で
陸上部は校庭を使えず
県立総合運動公園で走り込んだ
後輩達は成績はパッとしない母を
『先輩!先輩!』と慕ってくれ
母は目的を持ったことで毎日が楽しかった
後輩達との練習もすっごく楽しかった