面白そうならやってみる ―なんとなく退屈だと感じている若者に伝えたい、安藤太郎さんの話―
>安藤太郎さんのプロフィール
・1977年生まれ。
・小学4年の時、神奈川県川崎から自然に囲まれた東京都青梅市に引っ越す。
そこで出会ったカヌー競技に魅せられ、20代はひたすら世界一を目指して選手生活を送る。
・世界で勝つために研究するうちに人間の体に興味を持ち、30歳を期に一度世界で戦う場を離れ鍼灸の学校に通いながら国内でコーチ兼選手として活動。
・2013年に東京都青梅市御岳渓谷でカヌーとリバーSUPのスクールを開設し川遊びの普及をするとともに、次世代のカヌー選手の育成を行う。
・2017年40歳以上の大人が参加するラフティング世界選手権マスターズで、現役選手をものともせず、前人未到の快挙を成し遂げた。
・現在は長野県南木曽町にエクスペディションHotel Zenagiを経営し、南木曽町やアウトドアの魅力を発信している。
聞き手:豊泉元歌
話し手:安藤太郎さん
※聞き手はー○○で記載
【最も健康的な生活】
― 安藤さんのこれまでのご経験を簡単にお話していただけますでしょうか。
何が好きってのもなかったんですが、中学3年生のときにカヌーという競技に出会い、高校生活のときにカヌーにのめりこんでいきました。
一所懸命カヌーをやっていたら、カヌーで推薦をもらうことができ、大学へ行きました。
大学2年のときに日本のトップまで上がって、日本の代表として海外遠征をしたのですが、世界に行ったら全く歯が立たなかったんです。
こんなことしてたら世界で勝負できないなと思って大学を辞め、海外で競技生活をすることを決めて、海外と日本を行き来する生活を送っていました。
― そのあとは、30歳まで選手生活をされていたんでしたっけ。
そうです。
その当時、世界チャンピオンがたくさんいたフランスという国は、会社から選手生活をすることを認められていて、練習の時間を作りながら仕事をする、という生活をしていたんです。日本みたいにハードワークをしていたわけではないんですけど。
そういう生き方に触れたとき、「これが一番健全な生活なんじゃないか」と思って、選手だけの生活をすることはやめました。
― 選手も仕事も、ではなくて、選手と仕事がうまく溶け合うような生活でしょうかね。
そうですね。
それから、選手生活の際、身体に耳を傾けることの大切さを実感していたので、自分で身体を見れるようになりたいと思い、鍼灸の学校に通いました。そのあとは、2年間でっちで(お金をもらわず払わず師匠について)、人の体をみれるような整体の技術をつけました。
―やると決めたら、とことん、ですね。
はい。
その後、海外で開業することも考えたんですが、いつでも海外に行ける仕事にしようと思い、日本のナショナルチームのコーチとして海外遠征などをしていました。
コーチを引退して、今はここ(長野県木曽郡南木曽町)でホテルの取締役をしています。
― いろいろなことをご経験されていらっしゃるんですね。
【「面白い」から始まった】
― ご自身の中で岐路はどこだったのでしょうか。
一つは、中学3年生でカヌーに出会ったことで、もう一つは20歳のときに海外に行ったことかな。
― 中学3年生でカヌーに出会ったきっかけはなんだったんですか。
初めてカヌーに乗ったとき、自分がきれいな水の上に浮いてるように感じて、「なんだこの乗り物は」って感じたのがカヌーとの初めての出会いです。
もともと僕が住んでたところの近くに、アトランタとバルセロナのオリンピックに出た選手がいて、そこでカヌーを始めたら、そのまま選手を目指していくのが自然だったので。
― 周りにオリンピック選手がいたことは、今考えると大きなチャンスでしたね。
僕の中学時代は、ほんとにボーっとした感じの子だったんですけど、
カヌーの面白さを感じてから、真面目にカヌーに取り組んで、頑張ったのに負けるっていう経験をしてから、負けたくないって思い始めて。そこから、もっと上を目指したいと思うようになりました。
― 始まりは「面白い」と思ったことだったんですね。
ちなみに、中学生のころから選手になりたいと思ってカヌーを始められたんですか。
選手になりたくて始めたわけではなかったですね。
中学生の頃はあんまり挑戦してこなかったんですが、僕がカヌーに出会ってからは、一回やってみたら、面白くてすごいはまるかもしれないってことに気づいたんです。
それ以来、面白そうだなと思ったらなんでも一回やってみて、自分に向かないと思ったらやめればいいと思うようになってます。どこにそのチャンスが転がってるかわからないし、チャンスって意外と世の中に転がってるから。
― チャンスかどうかは、どのようにわかりますか。
やってみなきゃわからない。
それがチャンスじゃなかったとしても、自分の決断ならそこに責任持てるじゃない。
― そうですね。
僕は、周りの人から「もっと日本でやることあるだろ。そのレベルで海外行っても仕方ないだろ」って言われたことを真に受けて、海外に行くタイミングが遅れちゃったなって思ってて。
すぐに海外へ行かないってことを決断したのは僕なんですが、あの一言がなければ、僕はもっと早く世界へ行って、もっと違った人生があったかもしれないので、チャンスを逃してたかなとは思ってます。
― なるほど。
海外でのカヌーの練習と、日本での練習は全く違ったとおっしゃっていましたが、具体的にどんなことが違いましたか。
練習量も、もってる情報量も違うし、すべてですね。
自分は誰よりも頑張ってると思ってるけど、人間って自分で限界を作ちゃってて、それよりも頑張ってる人は世の中にたくさんいるんですよね。(笑)
― いやぁ、世界で勝負されている安藤さんが向き合った、厳たる事実なんでしょうね。
正しいと思っていたのに、全然別の、もっとよい方法もたくさんありました。
― 当時は、今みたいにネットで情報が得られるような時代ではなかったですもんね。
一番衝撃だったことがあって…
僕は日本の代表なので、日本で一番早いカヌーの競技者として海外へ行ったんですが、、、海外の女性の選手に負けたんですよ。
― えぇ! そうなんですか。
僕らの競技って、当時は世界でビリだったんです。
当時、コーチが僕に葉っぱをかけるために「ヤポネツ ナコネツ」って言ったんですよ。
「ヤポネツ」は日本人という意味で、「ナコネツ」は一番最後という意味です。
僕はその言葉が忘れられなくて、いつか見返してやろうと思って練習していました。ビリから始めて、ワールドカップでトップ10になるまではほんとに大変でした。
― 聞いただけでも大変そうです。
【 ガーってやって、バーンってやってごらん 】
― コーチとしてカヌーを教える面白さは感じましたか。
コーチはすごく難しかったです。
僕は「なにくそ」根性が自分の強さになる原動力だったから、コーチをし始めたころは、みんなそれを原動力にしてるって思ってたけど、そうじゃないってことに気づきました。
一つのことを説明するのに、言葉で言ってもうまく理解してもらえなかったから、より細かく説明したけど、全然伝わってなかったんですよ。なんでこんなに理解してもらえないんだろって思いました。でも、「ガーってやって、バーンってやってごらん」って言ったらできたんです。
― (笑)
言葉が違うんだよね。
選手によって、感じてることや見えてるものが違うから、自分を基準にものを伝えることはできないんだってことを学びました。
「こうやったらいいよ」ってアドバイスは、あくまで教える人の経験や、その人がよいと思うことを伝えてるだけであって、ほんとに自分に合ってるかというと、そうではないこともあるから。
― 人によって性格も違うし、状況も変わりますし。
そういうことがわかってからは、教える前に、選手がどんなタイプの人なのかってことを分析するようになりました。
言葉で説明した方がいい人と、映像で見せた方がいい人など、その人の特性に合わせて教えていくために。
― なるほど。相手の特性に合わせるんですね。
【教育で最も大切なこと】
― コーチとしていろいろとご経験されてきたお話を伺ってきましたが、
安藤さんにとって「教育」はどのようなものなんでしょうか。
今は子どもが答えを聞くってことに慣れすぎちゃってるなと思ってます。
最初にカヌーを教え始めたとき、僕がこれをやっていこうって言ったら、ある選手が「どうやるんですか」って聞いたんです。
その選手は経験者だから、自分で考えられると思ってたんですけど。(笑)
― たしかに、「勝手にやっちゃだめ」などと言われて育つことは多い気がします。
だから、自分で考える能力をつけさせるってのが教育の中で最も大事なことかなと思ってて。
正解か不正解かわかんなくても、自分で考えてやってみた経験から人は学んでいくんだと思います。最初に正解を聞いちゃうとその人にとっての経験にならないから、どんどんやってみて、失敗はどんどんした方がいいと思っています。
― 自分で考える力をつけさせるために、どのような方法をとることがよさそうだと思いますか。
手を差し伸べない。もちろん、いざってときは助けるけど。
いろいろ言いたくなるんですけど、それは我慢しなきゃいけないと思ってて。僕より選手のほうがいい答えを持ってるかもしれないし。
― うんうん。
僕はティーチャーじゃなくて、コーチだから。
ティーチングとコーチングは違くて、「ティーチング(teaching)」ってのは教えること。コーチと選手の関係性って、始めはティーチャーと選手という、子弟の関係なんです。
だんだん選手が育ってきたら、今度は導くという意味の「コーチング(coaching)」を行います。
コーチと選手がやりとりをして、選手がやりたいことがあったときに、「それなら、こういうふうにやっていこうか」って導いていくのがコーチであって、ああしろこうしろって言ってるのはまだティーチャーと選手の関係なんです。
― いずれはコーチだけど、最初はティーチャーと生徒の関係なんですか。
そうですね。初歩の段階なら、最低限のことは教える必要があると思います。
例えば、水の抵抗を受けにくい状態や、最も力の加わりやすい方法などに関するセオリーは、徹底的に教えます。選手には、そのセオリ―に基づいた動きができているかどうかについて伝えるけど、できるようになるまでの道のりは自分で考えていきなさい、みたいな。
― なるほど。
あと、最低限のことも。朝来たら挨拶するとか、人を呼び出しといて遅刻しないとか、無断で練習を休まないとか。できてないことは言うけど、それ以外のことは導いてあげる、という教育がいいのかなと思います。
― 当たり前のことが当たり前にできるようになってることって、社会人になったときに初めて感謝するようになったかもしれません。
― これまでのお話で、「教育」という言葉を使ってきましたが、「人を育てる」とはどのようなことだと思いますか。
人は勝手に育つ、ぐらいのつもりでいなきゃいけないなと思ってます。
僕の2歳の子どもが保育園から帰ってきて「あそこの桜は咲いてて、あっちは咲いてないんだ」って、僕の知らない情報を持ってるんです。
たった2歳の女の子ですら、僕の知らないことを知ってるんですから、高校生ぐらいになったら、僕の知らないことなんていっぱい知ってるんですよ。
― そうですね。私も、人は自分で学んで、自然に育っていくと思っていま す。人の育ちを導く際に、他にも大事な要素がありますか。
コーチが特性を見抜いて、気づかせることも大事ですね。
今は選手だけど、この人は絶対マネージャー向きだなとか。
例えば、カヌー選手として、頑張ってもトップ10にしかなれない人だと思っていたのに、本人が自分の持ってる能力に気づければ、社会で自分の秀でた能力を存分に活かしていくことができるので。
― 私が大学で専攻していた特別支援教育に関わるお話を聞いているみたいです。(笑)
その子の長所はなにかや、それを社会の中でどのように活かして生活していくのかについて考えるので。
― 生活といえば、カヌー選手のときは、大変な生活をされていたんだとか。
マイナーなスポーツだったから、自分でお金を稼ぎながらじゃないとカヌーを続けられなかったんです。どうやったら困難を乗り越えられるのかや、その困難なことに向かって立ち向かうこと、そして、がんばるときとサボるときを見極める力などは、どれもスポーツで培ってきたことだと思います。
― え、練習をサボったほうがいいこともあるんですか。
サボらないと強くなれないですよ絶対。
― え、そうなんですか!
スポーツは物理なので。力って出し続けられないじゃん。
ゆるみがあるから、パーンって力を出せるでしょ。動きって全部そうだから。
― たしかにそうですね。
選手時代は、力を入れるところと、サボるところを意識して練習されてたんですか。
いや、それが分かり始めたのは選手をやめてからかな。
選手って怖いからサボれないんだよね。
― あぁ、確かに、大事な大会前は特に、怖くて容易く休めないんですよね。
そうなんですよ。
僕は世界一のカヌー選手になりたかったけど、なれなくて。
40歳のときに日本でラフティングの世界大会があって、40歳過ぎのメンバーでチームを作ったんです。そのメンバーは現役時代に血へど吐くほど練習した人たちだったんだけど、仕事があって現役時代と同じ量の練習なんてできない中で、本気で練習したら、現役の若い選手も含めた大会でナンバーワンになったの。
― 現役も含めて一番になるってとっても難しいですよ。
なぜ一番になれたのかっていうと、集中力のもっていき方や、仲間を心底信頼すること、そして、大会前に試合以外のことを考えることなど、選手のときだったら余裕がなくてできていなかったことができたからだと思います。
― あぁ、なるほど。メンタル管理も含めて勝負しているんですね。スポーツって、知識やスキル、メンタルを含めた自己管理力など、さまざまなことを学んでいるんだなと、改めて感じました。
― 最後に、安藤さんが中高生に伝えたいことはありますか。
中高生だったら、外へ行っていろいろな世界を見てきた方がいいんじゃないかと思います。
インターネットでさまざまな情報は得られるけど、体感してみないとわからないことだらけだから。外に行かないとここのよさもわからないかもしれないし。
あと、チャンスはいろんなところに転がってるから、それをどんどん取りにいって欲しいです。
特に、僕は中学時代はボーっとしてて、全然目立った子じゃなかったので、そういう子たちほど、チャンスをつかんでいって欲しいなと思います。
― 「教育とは」「育てるとは」どのようなことであるかなど、これからの時代に求められる教育についてお話することができてとても楽しかったです。コーチであっても導かれる側であっても、自分で考えていくことが重要なのではないかと感じました。
安藤さん、ありがとうございました。