悔しさのその先を、わたしは見つけに行く
エントリーしていたモノカキングダム、12/25にとうとう結果が出ました。
わたしは、5位。昨年からの躍進で入賞です。
…なんですが、なんだけど。これからすごく傲慢なことをぶっちゃけます。ゴメンナサイ。
もうムチャクチャ悔しい。うわぁって声を上げ、投げ散らかしたいほど悔しい。絶対勝つと思ってた。負ける気がしなかった。どんだけのとっておきを書いたと思ってんねん!静かにマグマを噴き出し。
子どもかって話だけど、書く気力が失せ、昨日は文章を書きませんでした。昨日も今日も仕事は、ゴリゴリ心も体も削られるハードワーク。でも珍しく、粛々とやってるし。
意気消沈してるから、怒る元気もなかったんだよ。もしかしたら仕事仲間には、丁度いい加減かもしれないけど(苦笑)。
わたしがエントリーしたのは、こちら。
おすぬさんがコチラの記事で評してくださいました。「集大成だ」って。長きにわたり読んで下さってたからこそ、紡いで下さった言葉でした。
そう、そうなんだ。今までの生きてきたこと、文章力、その双方を全部詰め込んで書いたの。だから負けないと思った。負けるわけないと思ってた。でも結果は違ってた。
皆さんのモノカキングダム振り返り記事を読んでて思ったのが、全員大人。自分を客観視しておられる。
どうしよう、わたし全然できない。自分の記事がとても可愛い。ゴリ押ししたくなる。普段は謙遜と謙虚が全面なくせに、ここぞってときは自己愛が強いや。まざまざと実感です。
これ以上の何かなんて、もはや書けやしない。書くことをやめようか。逡巡した昨夜。
でも、なんかね。下さったコメントとか、わたしのを取り上げて下さった記事とか。そして票を下さった方々のお名前を読んでると、わたしのこころが震える。温かく包まれてく。
ちゃんと届いた方がいる。わたしの思いを受け取って下さった方がいるんだよって。しっかりせえ。自分をぐらんぐらん揺さぶりです。
文章を習ってることばと広告さんに、ありのままの気持ちを相談して。そしたら、新しい方向性が生まれてきた。
「型破り」という言葉をご存知でしょうか。破茶滅茶という意味ではなく。「これでもか!」と型を習得して初めて、型破りはなされる。今は亡き勘三郎さんがおっしゃってたんです。
集大成だと思ったからこそ。ひとつの形のテッペンを作ったと感じてるからこそ。わたしは「型破り」をするチャンスを、掴んだんじゃないか。そんなお話をことばさんとしました。
悔しいのその先にあるものを、わたしは手に入れられるのか。正直まだ、くすぶってる気持ちも抱えてるけど。でもちょっとだけ、目の前の光を見つめられたような。そんな気がしてるのでした。
では また