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フリーライターはビジネス書を読まない(73)
大阪弁を喋っちゃいけません
「今夜は徹夜だ」と覚悟を決めてした徹夜は、それなりに乗り切れる。だが心の準備がないまま強いられた徹夜が、こんなに疲れるとは。
柳本を連れて帰ってきた朝、彼女の旦那にメールを打ち、返信を読んだ後で猛烈な睡魔に襲われた。
「もうダメ……」
ベッドに倒れ込んで、気が付いたときは夕方近くになっていた。
「今日の夕ご飯、つくります」
昨夜の罪滅ぼしのつもりなのか、柳本がいいだした。
そして本当にスーパーで買い出しをしてきて、キッチンで調理を始めた。旦那がいて主婦だから、さすがに要領がいい。30分ほどでチキンのクリーム煮とサラダをつくってしまった。しかもご飯まで炊けている。
電熱コンロが1口しかないキッチンで、こういうのがつくれるんだと、別の感動もあった。もっとも炊飯は、電子レンジ用の炊飯器で10分ほどあればご飯が炊ける。
「平藤さんにひとつ訊きたいことがあったんです」
食事をしながら、柳本が口を開いた。「ライターなのに、なんで標準語を話さないんですか?」
「は? ここは大阪やで」
真意をつかめないまま、当たり前のことを返した。
「ずっと不思議だったんです。宮城ではデザイナーもライターも、誰も方言をしゃべりません。あたしが勤めてたデザイン事務所は、壁に『方言禁止』って貼ってありました」
「その事務所だけとちゃうの?」
柳本はそれには答えず続ける。
「電話でしゃべってるのを横で聞いていても、大阪弁ですよね。あたしが電話に出たときだって、出版社の人も大阪弁でした」
「大阪にある出版社やからね」
「あたしの常識では、ライターの人は大阪弁をしゃべってはいけません」
なにをいうとんねん、知らんがな!
おもわず声を荒げそうになったのをグッと飲み込んだ。これは挑発だ。動機は分からないが、ケンカを売っているのだと思った。徴発されたときは、乗ってしまったら相手の思う壺。
様子を見ることにしよう。
「宮城には宮城の業界で事情があるんでしょう。でもここは大阪。大阪弁が標準語やで」
「平藤さんはライターだから、大阪弁をしゃべってはいけないんです」
ああ、もう、訳が分からん。
「東京の出版社の人と話すときも大阪弁なんですか」
「もちろん」
「相手の人、怒りません?」
「なんで?」
「ちゃんと通じますか?」
「通じるよ」
「方言が通じないから、みんな標準語で話すことになってるんじゃないんですか」
なんとなく、話が見えてきた。あっちの方言のまましゃべられたら、よその地方の人には分かりづらいかもな。
「大阪弁は話せなくても、ヒヤリングはできるでしょ」
「そうなんですが……」
柳本は悔しそうに唇をかんで、うつむいた。
そんなに悔しいことかね?
「あたしはプライドが高くて、そのせいで揉めることもよくあるんですが」
そういう態度で接していたら、当然に相手を怒らせるわな。しかも今のは、プライド云々の話ではないと思うが。
以前、バイトの面接に落ちたときも、同じようなことをいっていた記憶がある。
「平藤さんだけじゃなく、出版社の人も方言のまましゃべってるのが許せない気持ちがあります」
ますます訳がわからん。
アホらしくなってきた。これは何の議論だ?
返事するのをやめて、食べることに集中した。
腹が立っているときに食べる飯は、ぜんぜん美味しくなかった。
柳本は、食べかけののまま放り出して寝床に潜り込んでしまった。鬱病の人って、みんなこうなのかな。
柳本をこれ以上うちに置いておくのは、さすがに私のメンタルがもたないと思った。
(つづく)
※67話に画像を追加しました。
https://note.com/type61_tank/n/n73b8bb8fe6a5
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