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中世欧州の城にある屋上の凸凹は何というのか

ファンタジー小説を書く際に調べたことを、覚書を兼ねてまとめておきます。

中世ヨーロッパの城塞といえば、塔の屋上や城壁のてっぺんにある、凸凹型のシルエットが特徴的です。
ファンタジー小説を書くにあたって、中世ヨーロッパ風の城塞で登場人物達に戦闘や冒険をさせようとした時、あのデコボコをどう書き表したらいいのか悩むじゃないですか。
「凸部」や「凹部」でもいいといえばいいんですが、「凸」も「凹」も漢字の字面が強くて文章の雰囲気に合わない場合もあるし、きちんとした名称があるのならそれを使いたい。

せっかくなので以前調べたことをまとめておくことにします。

凸凹の壁

これは鋸壁《きょへき》といいます。子供の頃に何かの本で「のこぎりかべ」って読んでいたけれど、これはルビがあったのか勝手に自分でそう読んでしまっていたのか分かりません。漢字で書けば一緒だし、小説に登場させる分には気にしないことにしてます。

凸部

マール社発行の『中世ヨーロッパの城塞』には「メルロンと呼ばれる小壁体」(p.33)とあります。
英語版ウィキペディアによると、メルロンという言葉は、ラテン語のメルガ(熊手)が由来のイタリア語のメルローン(古い要塞の城壁にある大砲を保護するための厚い石積みの避難所)から更に変化したフランス語、だそうです。ちなみに英語だと「マーロン」と読むようです。

凹部

これがちょっとややこしい。メルロンの時と同じ『中世ヨーロッパの城塞』から少し引用します。(p.33)(文字強調は引用者が追加)

 胸壁とは築城の上部のことである。通常、胸壁には敵の投射から城兵を守るためにクレノ―が設けられた。(中略)クレノ―付き胸壁はアンブラジュールと呼ばれる開口部とメルロンと呼ばれる小壁体の連続からなっている。

『中世ヨーロッパの城塞』p.33

ということは、凹部はアンブラジュールというのだろう、と思ったら。p.35にある図解では凹部にクレノ―と書いてある。(赤マーカーは引用者が追加)

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『中世ヨーロッパの城塞』p.35

しかも、辞書で調べるとクレノ―(créneau)はフランス語で「隙間、狭間、細長い開口部、窓」という意味だそう。ちなみに英語だとクレネル(crenel)。
私はフランス語は字母すらまともに読めないため、英語版ウィキペディアでクレネルを調べたら、Embrasureにリダイレクトされました。曰く、「エンブラジャーという言葉はフランス語(アンブラジュール)が由来の、クレネルと呼ばれる開口部」とのこと。

どうやら、大雑把にいうと クレノー=アンブラジュール のようです。しかしわざわざ二つの言葉が存在するということは、両者には何か厳密な定義の違いがあって使い分けているのかもしれません。それとも、単に同じ意味の単語を雰囲気で言い換えているだけなのでしょうか。このあたり、もっと専門的な資料を探せば答えが出るのかもしれませんが、小説を書く時間がなくなってしまうので、残念ながらここで切り上げておくことにしました。誰かご存じの方、いらっしゃったら是非教えてください。

まとめ

凸凹の壁=鋸壁

凸部=メルロン(仏)=マーロン(英)
  =小壁体

凹部=クレノー(仏)=クレネル(英)
  =アンブラジュール(仏)=エンブラジャー(英)
  =隙間、狭間、開口部、窓

おまけ

で。ここから個人的な好みの話になるのですが。
以上のことを調べた上で私は小説を書くに際して、メルロンもクレノーもアンブラジュールも使いませんでした。馴染みのないカタカナ語って、パッと見た時に人名や地名と混同されそうだな、と思って。ていうか、私なら混乱するわ。「メルロン、誰よ?」って。
初出時に情景描写や説明と共に名称を記しておけば、以降は「メルロン」「クレノー」といったふうに一単語で記述できるのはとても便利なんですが、いかんせん素人には字面と対象物のイメージがなかなか一致しない。

そんなわけで私は、日本語訳である「小壁体」と「矢狭間」を小説本文において使用しました。
実際の文章はこんな感じ。

塔の屋上は、壁が大人の腰までの高さしかない矢狭間と、大人が頭まで隠れることのできる小壁体の、でこぼことした繰り返しでぐるりを囲まれていた。

漢字ならば、知らない単語でも大雑把に意味を掴むことができるじゃないですか。「たぶん壁の一種なんやな」とか「この開口部から矢を射るんやな」とか、深く考えずにスーッと読み通してもらおうという作戦です。だって、この場面での主題は登場人物達の行動であって、鋸壁そのものではなかったので。

クレノーを「矢狭間」と訳したことについては、少しばかり説明を付け加えておきます。上の写真にあるように、小壁体に切られた細長いスリットこそが「矢狭間」と呼ばれるべきものなのですが、私の小説に登場する城の小壁体にはそういう細工がほどこされていない設定なことと、「隙間」も「狭間」も「開口部」も普遍的な性質が強すぎてこの場面にはそぐわないような気がしたことから、敢えて「矢狭間」を選びました。前述のとおり「この開口部から矢を射るのだ」と、そして、「この開口部に立てば矢の的になるのだ」とイメージしてほしかったからです。

とはいえ、そもそも物語において、鋸壁の凸部や凹部がそれぞれ重要な役目を担っているのでなければ、各部名称をいちいち書き表す必要はない、とも思っています。

ヘッダ画像:Felixry@pixabay

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