あなたが山梨の実家に戻って、始めのうちはあなたからのメールや電話があった。
主な話の内容は、農作業の大変さとやりがいについてだった。
4月の後半のメールで、桜桃の木の花が満開になったのでもう少ししたらサクランボの実が生り始める、という報告があって以来、あなたからの連絡は来なくなった。
こちらからメールを送っても既読にすらならない、電話をしても出ないという状況が続いた。
あなたはサクランボの実が熟す頃、遊びに来てと言っていたのに。
そのような状態が1ヶ月ほど続いた5月の下旬、僕の住む東京のアパートに1通の手紙が届いた。
なんの飾り気もないその白い封筒の裏には、畏まった文字で書かれたあなたの名前があった。
僕はその封筒を部屋に持ち帰り、連絡のつかないあなたへの不満をぶつけるように破り開けた。
封筒の中には薄茶色の便箋が三つ折りで入っており、それを開くとそこには横罫線に沿って神経質そうな文字が並んでいた。
僕はこの5枚にわたる手紙を、何度も何度も読み返した。
この理解出来ない怒りやら、あなたを救いたい気持ちやら、つらくて泣きたい気持ちなどが複雑にごちゃ混ぜになって、どうしたら良いのかわからなかった。
僕は気持ちを落ち着かせるために、冷蔵庫から枇杷をひとつ取り出し、シンクの前に立ち、包丁で不器用に皮を剥いた。
皆から枇杷王と呼ばれる、居酒屋のバイトで知り合ったお店の常連さんから貰った枇杷を眺める。
「おめーさん、枇杷ってもんわな、優しさの塊みてーな味がするだろ。外国産の他の果物にはない、日本人だけが理解できるような優しさ。そんな繊細な味が」
僕はそのお客さんがそう言ってたのを思い出した。
枇杷をひとくち齧ると、仄かな甘みが口に広がる。
決して主張せず、ただ優しく舌を包んでくれる、そんな味だ。
僕はあなたをそんな気持ちで待ってあげる事ができるのか。
僕の方が、あなたの優しさにずっと守られていたいと思っていたのに。
❮枇杷の季節❯ おわり
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