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【Bar S 】episode13 伝説の人



常連の川畑さんの家は、江戸時代から江戸城への通行手形を渡されていた職人さんの家系だそうだ。川畑さん自信も地元の方のみならず、政治家や、反社会勢力の人達などからも一目置かれる存在らしい。

川畑さんは、神輿の会のみんなとカウンターに並び、菊正宗を煽っていた。(本来、ウチの店の日本酒は地元から取り寄せたものしか置いてなかったが、この方専用で菊正宗は置くようになった)

本気で呑む時には日本酒、軽く呑む時にはハイボールというのがこの店での川畑さんのお決まりだった。

身長180センチ。丸太のような太い腕に、厚い胸板をしていた。複数の会社を経営しており(その内のひとつが江戸時代から代々続く会社)、大きなマンションの2階分を住居として家族と一緒に住んでいた。45歳。

この神輿の会のメンバー(男性5人女性2人)は全員酒が強かった。なにしろこの会に入る為には、男性の場合 身長177センチ以上という基準と共に、どれだけ酒が呑めるかだとか、酔った状態でも 礼儀正しく節度をもった言動が出来るかというテストを通過しなければいけない。(本人には前もってテストだという事は秘密で、顔合わせとして伝えられる)

この会が集まった時に行われる、トランプを使った〈死のゲーム〉というものがあって、勝者以外は罰ゲームとして全員、日本酒を一気に飲み干すのだが、たまに別の人が仲間に入れて欲しいと言って加わるとかなり早い段階で酔い潰れる。そんな時、川畑さんは「だからやめといた方がいいって言ったのに」と嬉しそうに笑うのだった。

日本酒が一升空いた頃、会の女性メンバー(28歳)が

「川畑さん、マスターにもあの伝説の話ししてあげてくださいよ!」

川畑さんは、

「あれっ おめぇさんにはまだ話した事はなかったっけな⁉」

と言って話し始めた。


内容は、川畑さんのお爺さんの話だった。ここの地域で毎年行われる祭りでの出来事。川畑さんはまだ小学生だった時。お寺の敷地内には大勢の血気盛んな担ぎ手や、関係者が集まっていた。たくさんの神輿の会、ヤクザの団体などが、そこかしこで興奮して喧嘩が始まっていた。約2,000人の群衆が、そこら中で暴れているので誰も止める事が出来ないでいた。そこへ数人を従えた川畑お爺さんが現れた。

「てめえら、神聖な寺の敷地で何やってやがる!!」

と、寺に入る参道の入口から川畑爺さんが一喝すると、海が裂けていくかの如く、参道の入口付近から順に寺の境内まで一本の道が現れ、一瞬の内に騒動が治まった。

という伝説だった。川畑さんはその光景を今でも忘れられず、あの時の爺さんは凄かった。としみじみと語っていた。川畑さんは〈海が裂けていくかの如く、境内まで一本の道が現れた〉というフレーズをとても気に入っているようで、話しの中で何度も繰り返していた。

その日、菊正宗の一升瓶は5本空いた。


また別の日、川畑さんは神輿の会のメンバーひとりを連れてやって来た。

「おうっ おめぇさん 元気にしてたかい⁉」いつもの調子で入ってきた。

この日はハイボールを注文された。

ある程度酒が進んだところで、そのお連れさんが

「しかし、川畑さん ホントにあの時は危なかったですよね!」と、話を振った。

「おうっ あぶねぇもなにもおめぇ こちとら死ぬかと思ったぜぃ」

「えっ なにかあったんですか?」一応のった振りで訊いてみる。

「おめぇさんがこっちで店を始めるちょっと前のことなんだけどよぉ・・・」

地元の裏の世界での、カタギの人達と反社会勢力との取り決めが行われ、そのカタギ代表として川畑さんは話し合いの席に出席していた。ある日、会合が終わり車に乗り込もうとした時、突然うしろから頭に黒い布を被せられ、拉致された。車の中で手を縛ろうとする何者かに頭突きを食らわせた。次の瞬間、体中に電気が走った。スタンガンだ。

気が付いて目を開けると、そこは廃墟となったオフィスのようだ。部屋には見張りが2人、目を覚ました事に気付いたひとりが携帯電話で何か話し始める。中国語。こいつらは中国マフィアか!考えている内に入口のドアが開いて10人くらいの人間が入ってきた。いきなり殴られた。それから暫く、殴る蹴るの暴行を受けた。あばら骨が何本か折れたようだ。このままでは殺されて東京湾に沈められる。ボスと思われる人間に向かって、ある組の組長の名を叫んだ。ボスは皆に向かって何か叫んだ。他のマフィアの動きが止まった。

「そいつがどうした?」「その組長と話をつけるから電話させてくれ」紐をほどかれ、電話を受け取り組長に電話した。組長に事情を話すと、中国マフィアに換わってくれと言われ、それに従った。中国マフィアと組長の間で話が纏まった。一時間ほどすると、組長のとこの若い衆が迎えに来て、解放された。次の日、医者にいってみると あばら骨6本と左腕にヒビが入っていた。

というような内容だった。

「取り決めってなんだったんですか?」気になったので訊いてみる。

「おいっ そんな事教えられる訳ねぇだろ!おめぇさんもあぶねぇ目にあいてぇのかい⁉」

私は大きく頭を振って「とんでもねぇでございます」と答えていた。


川畑さんは、私の作る料理をとても気に入ってくれていた。他の神輿の会のメンバーからは、「川畑さんが呑みながらこんなに食べる事って、この店くらいだよ」って教えてもらった。特にこの店の唯一の定番メニューは、お土産で次に行くクラブとかへ持って行ってくれて宣伝してくれたりした。

「おめぇさん、ウチの会社で新しい店出してやるから今の所はやめて、もっと広い店でやってみるつもりはねぇかい⁉」

と、何度も誘ってくれた。提案してくれた給料や待遇は申し分なかった。只、自分でやるというだけでなく、私の下に何人かつけるから その人達にも教えてチェーン展開出来るようにするという事。という条件があった。

私は、「自分ひとりで気楽にやりたいので、この店で充分です」とお断りした。

「おめぇさんみてぇなのが、こんなまともに調理設備もないような所でやってくなんて、もったいねぇなぁ」と眉間に皺を寄せて言ってくれる川畑さんであった。




ーepisode 13 おわりー







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しめじ
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