見出し画像

◆不確かな約束◆しめじ編 第14章(最終章) 動き出した時間


7年ぶりに再会したユキには驚かされた。シュシュに仕込んだメモを読んでいたら、いきなり現れて抱きついてきたり、バーではちょっと飲み過ぎて酔っぱらったり。今、電車の中では久々に会ったところだというのに、安心しきった表情で僕の肩に頭を乗せ、スヤスヤと気持ち良さそうに寝ている。終止ユキのペースにはまってしまっていた。ハイテンションで呑んで喋る彼女には、緊張も含まれていたのだろうか⁉ ウチに泊まれよ。なんて言ってしまったが、これで良かったのだろうか。ただ、この寝顔は昔と変わらず愛おしく感じる。ユキは7年前のこの日、別れの言葉と同時に「私達が本当に好き合っていて、そして運命というもので繋がっているとするなら、ふたりがまた出会った時にも同じように、或いはそれ以上の関係で一緒にいられると思うの。」と言っていた。今の僕は、彼女の事が好きなのだろうか。いや、好きな事は好きだ。だけどそこに恋愛感情は含まれているのだろうか⁉ まだよくわからない。


地下鉄銀座線が終点の浅草駅に着いた。

「ユキ、浅草駅に着いたよ。降りるから起きて」

彼女は一瞬、ハッとした表情で僕を見ると

「あービックリした。夢でもあなたが一緒にいたから、現実じゃあないと思ってた」

そう言って、スクッと立ち上がると跳ねるように電車を降りて行った。

「シュウも早く降りなよ。また電車が動き出しちゃうわよ」

「お、おう」

僕も急いで電車を降りると、ユキが僕に向かって右手を差し出してきた。僕はまた彼女の手を握り、改札へと向かった。


「ねえ、シュウのウチって隅田川から近いんだっけ?近いんだったら川沿いを歩いて行きたいな」

「うん割りと近いから、そうは遠回りにはならないよ」

途中の自販機で、酔い醒ましにウーロン茶を買って飲みながら歩いた。

「スカイツリー 綺麗ね。あなたは毎日これを見ているんでしょ。私は毎晩、暗闇の道を車で帰っているのよ。たまに鹿とか猪なんかが跳び出してきたりしてね」

彼女はだいぶ酔いが覚めてきたのか、でもアルコールは抜ききれていない様子でよく喋った。

「シュウもいろんな経験をして、随分と落ち着いたいい男になったわね」

繋いだ手をブラブラと揺らしながらユキが話す。

「そうかな。まあ昔の俺は自己中で、まわりの事なんか全然考えてなかったもんなあ。ユキは学生の頃は落ち着いた女ぶって、大人な雰囲気だったけど、今はそんなに無理してない感じで、自然体に見えるよ。あっ本当はこんな普通にカワイイところもあるんだなって、今日気付いた」

「なによそれっ。シュウったら貶してんの?誉めてんの?どっちよー。まあ自然体になれたっていうのは当たってるかもしれないけど」


30分くらい歩いて家に辿り着いた。

「へー。意外と綺麗にしてるじゃない。あっもしかして、最初から私を連れ込むつもりだったんでしょー」

「ばーか、違うわ。お前を連れ込むつもりだったら汚いままにして、お前に掃除させてやるわ」

「ひどーい。私はあなたの掃除女じゃないんだからね。それより先にシャワー借りてもいいかな⁉ ちょっと肌がべとべとして気持ち悪いからさ。ひとんちで先に悪いんだけど」

「ああ、いいよ。待ってろ、先にタオル用意してやるから」

「ありがとう。それじゃお先に入らせてもらうわね」


ユキがシャワーを浴びている間、僕は夏用のタオルケットをクローゼットから引っ張り出した。ベッドは彼女に譲って、自分はソファーにでも寝ようと思った。厚着して寝れば寒さは凌げるだろう。

ユキがシャワーを浴びている、床にお湯が跳ねる音が聞こえていた。なんだか落ち着かなかった。高校生の時までずっと一緒にいた彼女が、7年という月日を経て、今、自分の部屋でシャワーを浴びていると思うと不思議な気持ちになった。テレビを点けて、チャンネルを変えてみた。ニュース番組やバラエティー番組をやっていたが、なにか今の気分にしっくりこないので消した。冷蔵庫から缶ビールを出して飲んだ。苦いだけで美味しく感じられなかった。

シャワーの音が止んだ。バスルームのドアが開く音がして、また扉が閉まる音がした。しばらくすると、バスタオルを体に巻いた姿でユキが出てきた。髪はシュシュでひとつに束ねられていた。

「お前、そんな格好のまま出てくるんじゃねーよ。ちゃんと服来てから出てこい」

「いいじゃない。まだ髪も乾かしたいし、服濡れちゃうでしょ。それよりこのシュシュ見てよ。私、こんな少女みたいなシュシュつけて待ち合わせしようとしてたのよ! さすがに自分でも恥ずかしくなるわ。あっシュウも早くシャワー浴びてきちゃいなさいよ」

「お前なー。ここは俺のウチだぞ。言われなくても好きな時に入るわ」

そう言いながらも、すぐに着替えを用意してバスルームへと向かった。

「あっ、シュウドライヤー借りるわね」

「どうぞ、お好きに使ってくださいませ」

〈まったく、俺のウチなのに好き勝手しやがって〉

ブツブツ言いながら、ユキが使ったあとのバスルームでシャワーを浴びた。


シャワーを浴びて、体を拭き、上下お揃いのスウェットを来て、部屋に戻った。部屋の明かりは消されていた。

「ねえ、シュウ。あれから7年経った私の身体を見て欲しいの。頭がおかしいとか思わないでね。私達には今、そうする事が必要なんだと思うの。理由なんて訊かないでね。ただ、そうする事が正しいんじゃないかと感じているだけだから」


布が床に落ちる音がした。

磨りガラスになっているところのカーテンが開けられていて、そこから月の明かりが弱く射し込んでいた。

月明かりに彼女の裸体が浮かびあがった。彼女の首から下が青白く照らされていた。

妖しくも美しいその姿に声も出せない。まるで女神のようだ。

「あなたも脱いで」

彼女の口元は見えず、天からの声のように聴こえた。自然と体はその声に従って、服を脱ぎ始めていた。僕の身体は、自分のものではないかのように勝手に動いている。

「やっぱり男らしい体つきになってる」

彼女の体も、減り張りのある大人の体になっていると思った。が、それを伝える事はできなかった。代わりに脚が勝手に動き出し、ベッドの前の彼女に近づいて行った。

僕の身体が彼女の前にたどり着くと、彼女は両腕をひろげ、僕の頭を自分の胸に抱え込んだ。

「大丈夫、これは自然なことなの。さあ、力を抜いて。大丈夫。大丈夫よ」

僕は彼女の胸に顔を埋めたまま、しばらくそのままの体勢でいた。柔らかい胸の感触は、優しさそのもののように思えた。全てを受け入れてもらえているような安らぎを感じた。

僕は彼女の腰に両手を回すと、ベッドへ押し倒していた。彼女の唇を貪るように口づけた。

「大丈夫だから焦らないで」

そう言うと、彼女はやさしく僕にキスをした。

それから僕は彼女を抱き、そして抱かれた。彼女と付き合っていた頃の自分勝手な行為とは、ぜんぜん違っていた。彼女は僕の動きに合わせ、ちゃんと反応してくれていた。僕のほうも、彼女の動きで恍惚を覚えた。僕達は互いに何を求め、求められているのかを理解しあい、自然に絡み合った。それは素晴らしい営みであった。彼女は僕の知っている昔の彼女ではなかった。でも、初めてひとつになれたような気がした。

ふたり揃ってオーガズムを迎えたあと、眠りに落ちた。温かい泥沼にはまったような深く心地よい眠りだった。


◆◆◆◆◆◆◆◆

コーヒーの香りで目を覚ました。

テーブルには、コーヒーとトースト、サラダが並んでいた。

「おはよう。早く起きちゃったから、キッチン使わせてもらったよ。さあ一緒に食べましょう。あなた、これから仕事でしょ」

「ああ、こんなにぐっすり眠れたの久しぶりだよ」

僕達は一緒に朝食を食べ、身支度を整えると家を出た。


「なあユキ、俺達これからも、、、」

「待ってシュウ。昨夜の体験はとても素敵だったわ。あなたと本当の意味で、ひとつになれたと感じた。でもね、昨日は私達にとって特別な日だったのよ。あれから7年経った、約束の日であり、約束された日。だからこれから、お互いにゆっくりとこれからの事を考えていけばいいと思うの。あなたはその中でちゃんと判断すべきよ。改めてLINE 交換しましょ。これで、いつでも連絡は取り合える。あなたが私に会いたくなったら、出来る限り車をとばして会いにくるわ。勿論、あなたが会いに来てくれてもいいし」

「そうだな。わかった。俺、今度ユキを連れて行きたい店があるんだ。Bar S っていうとこなんだけど、そこのマスターやお客達にお前の事を紹介したい。変わったら人達が集まる店だけど、きっとユキも気に入るはずだよ」

「へー それは楽しみだな。是非、連れていってちょうだい」



地下鉄に乗って、仕事場のある神田で僕は降りた。動き出す電車の中、こちらに向かって手を振るユキに、僕も笑顔で手を振り返した。去っていく電車に手を降り続けると、最後尾にいた車掌さんも僕に笑顔で手を振った。


足早に会社へ向かう人混みの中、LINE の通知を告げるアラームが鳴った。

〈とっても素敵な再会だった。大人になったシュウを見ることが出来て凄く嬉しかったよ〉





3月に入ったばかりの朝の空はパステル色に優しく、太陽は人々を暖かく照らしていた。




これがユキの言う運命に導かれたものなのかはわからない。僕はただ、心の思うがまま、真っ直ぐに突き進んでいこうと思った。





また、ふたりにとって新しい時間が動き始めた。







不確かな約束 しめじ編【完】





最初から読んでくださる方はコチラから

⇓⇓⇓⇓⇓⇓⇓⇓⇓⇓⇓⇓





リレー方式で、note 友達の皆さんに創り上げていただいた◇不確かな約束◇みんなで創る編 はコチラから

⇓⇓⇓⇓⇓⇓⇓⇓⇓⇓⇓




ゆる~く 思いついたままに書いてます 特にココでお金稼ごうとは思ってませんが、サポートしてくれたら喜びます🍀😌🍀