Bloody Valentine's Day
どうしてこんなに好きになるまでやめられなかったのだろう。
ずっと男のひとなんて好きにならないと思っていたのに、夢中になってしまった相手が、よりにもよって妻子持ちだなんて。
いけないとは思っていた。
会うたび何度も、これで最後。自分と約束した。
でもダメだった。
会えない夜、寂しさに耐えきれずついメールをしてしまう。
今度いつ逢える?
もう終わりにしよう
昨晩、わたしが送ったいつものメールの返信には、彼からの別れを告げる言葉。
わたしは朝になってもベッドから起きあがれず、会社を休んだ。
そのまま一日ベッドで泣きながら過ごし、日付が変わる頃、彼にメールした。
わかった。でも最後に一度だけ逢って欲しい。それでちゃんと区切りをつけるから。
2月14日
仕事が終わったあと、彼はわたしの部屋に来た。
「これで最後だっていうのに悪いんだけど、そう長くは居られない」
わかってる。バレンタインの日なんかに遅く帰ったりしたら、奥さんに疑われちゃうもんね。
そして直ぐに彼はわたしの服を剥ぎ取るように脱がせていった。
「んっ、どうしたらこんなところに傷をつくれるんだ?」
わたしの左足の太股に貼ってある絆創膏を剥がしながら、彼は訊いた。
自分でカッターナイフでつけた傷だ。
わたしはその質問には答えずに、彼の顔をその傷口に押しつけた。
「そこ、舐めて」
彼の舌がわたしの太股の傷口から陰部へと這ってゆく。献身的にわたしを悦ばせようとする彼の姿がたまらなく愛おしい。
これで最後だと思うと感情が昂り、堪えきれず声が出た。わたしの喘ぐ声はやがて泣き声と判別つかなくなり、涙も流れた。
「中へ出して大丈夫だから」
嘘。
一番安全でない日に逢う約束をした。
彼との子供が欲しかった。
彼と逢えなくなっても寂しくならないように。
わたしの中へ射精したあと、少しの間をおいて彼は服を着た。
「ごめん。悪いけどもう帰るよ。今までありがとな」
そう言うと彼は仕事用の鞄を持って玄関に向かおうとした。
わたしはまだ、陰部から流れ出てくる彼の精液を拭きとっているところなのに。
「ちょっと待って」
わたしは急いで下着を身につけると、キッチンへと走った。
「はい、これ」
わたしは昨日用意しておいたチョコレートを彼に持たせた。
「今日で最後なのに変だけど。ちょうど今日、バレンタインだから」
彼は少し戸惑ったような顔をしながら、無理矢理つくった笑顔をわたしに見せた。
「サンキュ。貰ってくよ。じゃあ」
じゃあ、また。とはもちろん続くことはなかった。
彼が出たあと、玄関の鍵を閉める。
わたしはそのまま玄関に座りこんでしまった。
大丈夫。
これでわたしの体内に、彼との新しい命が宿るはずだから。
きっと、彼のように優しい子ができる。
絶対、彼のように愛するひとを裏切るような人間にはしない。
大丈夫。
わたしは彼の中でも生きてゆくのだから。
あのチョコレートの中に混ぜ込んだわたしの血液は、彼の体内に吸収され彼と共に生き続けるのだ。
絶対、わたしのことを忘れさせない。