【Bar S 】episode11 真夜中の告白
【Bar S 】の向かいの並びの4件目、この場所で50年くらい続く小料理屋がある。元々はご主人が寿司屋として始めたお店で、その頃には著名人の方々がお忍びで来店されていたようだ。ご主人が早くに病気で他界されて、その後、女将さんが小料理屋として続けていた。
私はお店を始めて暫くしてから、休日にひとりでその小料理屋に行ってみた。店に入ると70歳後半の女将が元気よく「いらっしゃい」と出迎えてくれた。白くなった髪をキレイにセットして、貫禄のある女性だった。話を聞くと、この辺りの飲食店の婦人会会長をされているという事だった。
瓶ビールを注文した後、何か食べ物を注文しようと思ったが、店を見渡してもメニューはどこにもない。これは高くつくかな⁉と思った。
すると女将は、つきだしを出しながら、「お兄さんは食べられないものはないかな⁉」と訊ねてきた。「はい、一般的な食べ物ならなんでも大丈夫です」と答えた。
しばらくすると、私が座るカウンターには天ぷらやら、煮物やら、焼き鳥、お刺身など、次々に運ばれてきた。おいおいこれはひとりで食べるのに苦労するぞ!出されたものを残せない私は、心の中でそう思った。同時にいくら払わされるんだろう⁉という不安も感じていた。
ビールを飲み終わって日本酒のぬる燗を楽しんでいると、一人の女性が入ってきた。
「お母さん、ただいまー」
大柄な髪の短い女性。サイドは上まで完全に刈り上げたソフトリーゼントっぽい髪型。こちらも貫禄がある。
「カスミお帰りー こちら、そこの最近お店始めたとこのマスター」
女将はそう言って、私を紹介してくれた。
「これはウチの娘のカスミ よろしくね」
私はお近づきの印にと、2人に一杯づつご馳走させていただいた。それから少しふたりと話しながら、出された料理を全部たいらげた。
そろそろお暇しようとしていると、大きなおむすびが二つ出された。
「すみません。流石にもうお腹に入りません」と断ると、
「じゃあラップに包むから持って帰りなさい」と言って包んでくれた。
そしてお勘定。
なんと、言われた金額は3,000円ジャスト!!
「えっ 安過ぎませんか?」
「ウチの店はいつもこうなの。お客さんにお腹いっぱい食べていただいて、でも数えるのが面倒だからみんな3,000円」
「でもそれじゃあ商売にならないでしょ」
「大丈夫よぉ ウチの常連は爺さんばっかりだから、たいして食べないんだから」
そう言って女将は豪快に笑うのであった。
その次の日から、娘のカスミが毎日のように私の店に来てくれるようになった。どうやら私の気に入ってくれたようだ。
私は彼女のことをカスミ姉 と呼ぶようになった。
カスミ姉は、身長165センチ。横幅もけっこうあって、独特な髪型をしていたから道を歩いている時に、反対側から歩いて来るとすぐにわかった。いつもたっぷりとしたスカートをなびかせていた。年齢48歳。旦那あり。子供なし。
いつも仕事帰りに寄っては、長く話しこむ事もあるし、他のお客が来るとすぐに帰ってしまう事があった。
カスミ姉は、この地元でも有名人で外を歩く時は胸を張ってカッコ良く歩いていた。しかし、店で私と二人きりの時などは 案外、乙女な雰囲気を出していた。
その日は、0時過ぎまで店で呑んでいた。見かけによらず、あまりお酒が強くないカスミ姉は、薄めのハイボールに少しみかんのコンクを垂らした〈カスミ姉オリジナルハイボール〉を4杯呑んだ。
カスミ姉が帰って、店の片付けをしていると携帯電話が鳴った。メールだった。メールを開くとカスミ姉からだった。
マスター 今日は遅くまで付き合ってくれてありがとう。いつも楽しく呑ませてくれて感謝してます。実は私、マスターの事を好きになってしまいました。だからどうしたいって訳じゃないけど(一応、旦那もいるし)どうしても気持ちを伝えたくなっちゃって。困るよね。ゴメンね。知っていて欲しかっただけだから。酔っぱらった勢いでというのもあるけれど。うん、それだけ。またお店行くね。おやすみなさい。
なんて返せばいいのか悩んだ。とりあえず店の片付けを終わらせて、カウンター席に座り、また悩んだ。悩んだ末にメールの中盤あたりの所は見なかった事にした。
カスミ姉、今日も楽しいお話ありがとう。いつも来てくれて助かってます。素敵な夢見てくださいね!またお店で待ってます。それではおやすみなさい。
それからも暫くは、何事もなかったように来店して普通に話をして帰った。
ところが、それから1ヶ月後 ウチの店の向かいに焼酎バーが出来ると、そこの若いマスターのガンちゃん(30歳)に乗り換えるカスミ姉であった。
カスミ姉は月に2回くらいしかウチの店に顔を出さなくなった。
なんだか釈然としない悔しさが残る私でありました。
ーepisode 11 おわりー
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