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スライムにも勝てないザコキャラが生ハムメロン的な相違について考える
もう昼過ぎだというのに、僕はまだベッドに寝転んだままでいる。
大学が夏期休暇に入って、ここのところずっとそうだ。
外は茹だるような暑さで、とても外出する気になどなれない。
カップ麺とコンビニおにぎりで済ませた昼食のあと、スマホをずっと弄っている。
3ヶ月ほど続けていたアプリゲームにも飽き、ネットニュースも下らない情報しか見当たらない。それでもスマホ画面をタップし、スクロールして僕は何かを探している。
ロールプレイングゲームの広告が目に入る。スライムが笑顔でこちらを見ている。
スライムにも勝てない僕みたいなつまらないザコキャラの人生なんて、話にもならないよな、なんて考える。
夕方からは焼肉屋でのバイトだ。
行きたくないな、と毎日思う。
それでも行く。
行かなければ生活が出来なくなるからだ。
僕には将来やりたい事など元々なかったし、もちろん今もない。
働かなくて生きていけるのなら仕事なんてしたくない。
だけど仕事くらいしないと、自分は廃人のようになるだろう。
それくらいはわかってる。
いっそのこと死んでしまおうか。
なんて考える事もある。
でも、痛いのも苦しいのも嫌だ。
それに、そんな事言ってたらあのろくでもない父親と同じではないか。それだけは絶対に御免だ。
バイトはそれなりに頑張ってやっている。
家を出てバイト先に着けば、ちゃんとやる気にはなる。
大学を出たら何をしよう。
いい感じの就職先はみつかるだろうか。
何だってきっと、それなりにはやれる筈だ。
ところが、その先の事を考えると面倒になる。出世など望んではいないし、結婚して子供を育てていくなんてとんでもない。
そもそもこんな希望もない世界で新しい命を宿すなんて、それ自体が罪なことだ。
僕はそう思う。
人生、一生暇つぶし。
なるようになるし、なるようにしかならない。
スマホの画面はネット文庫の広告に変わった。
〈人生が激変! 前向きに生きるためのコツ〉
僕はスマホを充電器に繋ぎ、ベット脇に置いた。
目の奥が痛い。瞼を閉じる。
汗と体熱でシーツが蒸れて不快だ。
シーツの冷たい部分に体を移動させる。
バイトまでもう少し時間がある。
少し寝てしまおう。
スライムにも勝てないザコキャラにも、それなりの人生がある。
つまらなくても、取り敢えずはこの人生を生きる他ない。
僕は念のため、目覚ましをセットしてから浅い眠りについた。
そんな僕にもまた彼女ができた。
バイト先の焼肉屋で、この夏から働き始めた田代舞衣(たしろまい)だ。
彼女は学年で言うと僕より一つ年上の22歳。この地域では一番偏差値の高い大学の3年生。
少し世話焼きでいつも正しいし、論理的だ。
「生ハムとメロンって、どっちも美味しいけど、どうしてわざわざ一緒に食べなければならないの?ほんと意味わからない」
バイト終わりに店長が出してくれた生ハムメロンに対しての舞衣の感想だ。
「メロンに生ハムのせて黒コショウを少々ふり、仕上げのオリーブオイル、これのどこが悪い?」
店長が、文句を言う舞衣に腹を立てていた。
僕はとっても美味しくいただいたから店長の味方だ。
心の中では。
例えば彼女は、映画のアメコミものが好きだ。
例えば彼女は、深夜のテレビで吉本新喜劇を観る。
予定調和のドタバタ感。僕はアメコミと吉本新喜劇、そのどちらもあまり得意ではない。
例えば僕はサッカー観戦が好きだ。
彼女は、大勢の人間が一生懸命走っているだけで殆ど得点の入らないサッカーなんて、10分も観ていられないと言う。彼女は、いちいちプレイが止まる間に作戦をたてられる野球の方が好きだと言う。
彼女は〈わかりやすさ〉を愛すひとだ。
彼女と比べると、僕は多少の複雑さを好む傾向にあるのかもしれない。
こんなふたりがずっと付き合っていけるのだろうかと不安になる。
小学生の頃の給食で酢豚が出た。豚肉や玉ねぎ人参ピーマン筍と一緒にパイナップルが入っていた。だいたいの生徒が文句を言った。「なんでパイナップルなんて入れるんだよ!まったく意味わかんねぇ」
あの頃、僕もそう思っていた。
小学生の頃、近所の同じくらいの歳の子たちで集まって、よく野球をした。投げるのが左利きの僕は、反時計回りに進むルールのおかげで、やりたかったショートやセカンドを守らせてもらえなかった。とても不満だったが、それでも毎回、夢中で遊んだ。
アメコミを好んで観たりはしないが、彼女にせがまれて映画館に行くと、普通に面白いタイトルのものもあった。
結局はそういうことなのだ。なんでもひと括りにして好きだ嫌いだと決めつけるよりも、実際に試してみると案外楽しめたりする。
僕と彼女の共通する〈好き〉をこれからたくさん見つけていけば良いのだ。大丈夫。僕達にはまだまだたっぷりと時間がある。
例えば、淡白なローストビーフに、苦味の効いたココアパウダーがかかったチョコレートをくるんで、摺り下ろした生姜を乗せてみる。そこへバルサミコ酢と濃口醤油を合わせたソースをかける。
好みでなければ、ローストビーフはローストビーフとして、チョコレートはチョコレートでそのまま食べればいい。
君の言うように生ハムは生ハムで、メロンはメロンでそのままでも良いのだ。各々が好きなように食べればいい。どのみち胃の中に入れば同じこと。それほど目くじらを立てるような事ではないのである。
今日は彼女のためにカルパッチョを作ってみた。
真鯛と帆立の貝柱。そして無花果。
シンプルに岩塩と黒胡椒とオリーブオイル。
マダイとホタテの自然な甘味に岩塩のまるい塩味、オリーブオイルの芳醇な香りに黒コショウのピリッとした刺激。そこにイチジクの複雑な酸味甘味苦味香り。
僕は白ワインとふたつのグラスをよく冷やして、彼女の帰りを待つ。
知らないうちに鼻歌を口ずさんでいる自分に気付き、笑みが溢れた。
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