【Bar S】episode 2023 ミナミの相談(後編)
ミナミは落ち込んだ表情でスツールにゆっくりと座った。
「ちゃんと言えた?」
「はい、この前ここから帰ったあと電話しました」
「で、どうだった?」
「別れるって伝えたんですけど、向こうはなんでそんな些細な事でそうなるんだよって、ぜんぜん納得してくれないんです」
「わかってないんだね」
「そう、どれだけわたしが傷ついたのかなんて全く考えてもくれないで、自分は人助けしたかっただけなのにって」
ミナミは私が出したピーチウーロンで喉を湿らせてながら語った。
「結局また口論みたくなっちゃって、もういい二度と連絡して来ないで、って言って電話を切っちゃった」
「そうなんだ、しょうがないね」
「そしたら次の日、わたしが勤める美容室の前で帰りの時間に合わせて彼が待っていて」
ミナミは目頭に溜まった涙をハンカチで押さえながら続けた。
「お願いだから別れないでくれよ、俺が悪かったからって言って、それにわたしが、じゃあ何が悪かったと思ってるのか言ってよって返すと、いやたいして悪い事はしてないけどミナミを怒らせちゃって、でもホントは別れるつもりなんてないんだろ、なんて言うからわたし無視してひとりで帰っちゃったの、そしたら電話が何回も鳴って、電話に出ないとわかったらLINEメールが次々に送られて来て、家に帰ってからLINEを見ると、ほんとにお前はワガママだなとか、お前なんかと付き合う男はもう二度と現れねーよとか酷い内容でそれから私、次の朝までスマホの電源を切ってたんです、で朝に電源を入れると今度はさっきはゴメン、やっぱり別れたくないよ、悪いとこは直すから許してなんて書いてあって、それでまた今日までたくさんの電話やLINEが来てて、もうわたし頭がおかしくなりそう、今日さっき来たLINEではもう一度会ってちゃんと話そうよって書いてあったんです」
ミナミは一息にそこまで話し終えると深い溜め息をついたあと、私の返答を待つように涙目のままこちらを見た。
「もう伝えたんなら、LINEから外しちゃえば」
彼女は無言で残り少なくなったピーチウーロンを飲み干し、氷を口に含んだ。
「まだ未練があるんでしょ」
何も言わず考え込む彼女が口を開くのを私は待った。
「この5日間、他の人に話を聞いてもらったり、男友達と電話でたわいのない話をしたりしてみたけど、その都度思うのが彼と話してる時がやっぱり一番楽しかったなって」
「そう、まだ好きな気持ちが大きいんだね」
「悔しいけどそうみたい。他の人に今回の話をしたらみんなそんな男とはすぐに別れろって言ってて、わたしもそう思うし、戻ったとしても彼がわたしの気持ちを理解してくれることなんてないんだろうなってわかってるんですけど、どうしても楽しかった時のこと思い出しちゃって、わたしってダメなんですよね」
「そっか、それはくるしいねぇ」
「はい、苦しいんです」
「でもそういう気持ちってなかなかコントロールできるようなものでもないしね、スキなもんは理屈じゃなくスキだからね」
「そうなんですよマスター、わたしどうしたらいいのかな」
彼女はカウンターに臥せって嗚咽を漏らしながら泣いた。
私は彼女が落ち着くのを待つ。
そして彼女がくしゃくしゃの顔を見せたタイミングで言い放った。
「じゃあさあ、一旦また彼に連絡とってちゃんと謝らせなよ、とりあえず黙って話を聞かせてそれで約束させる、これからはわたしの嫌がる事はしないでって、それからわたしのことお姫様みたいにやさしく扱って欲しいって、彼はきっともう約束するはずだよ、でもね特に若い頃のそういうタイプの男は口だけの約束しかしないよ、それでもねミナミはそんな男を好きになっちゃったんじゃん、だからまた同じような事があってケンカして、またその次もケンカしてって、とことん嫌いになるまで付き合ってみなよ、きっとそうするしか無いと思うよ」
「ちょっとマスターひどいよー」
彼女は笑いながら抗議したが、私は続けた。
「だって今のまま別れられたとしても、ミナミには彼への未練が残るだけで、あとになってからやっぱりもう少し我慢してわたしの方が折れてあげれば良かったかな、なんて思っちゃうでしょ、それなら心底もう嫌い、ホントに声も聞きたくないってくらいまで付き合ってみなよ、そしたら未練もなく別れられるから」
「もうホントに酷いこと言うのね、信じられない」
私は笑いながらふて腐れる彼女の様子を見ていた。
「あーあ、どうしよっかな、またわからなくなっちゃった、とりあえず帰ります」
彼女はそれでも笑いながら帰って行った。
私は街を歩く彼女の背中を見送りながら、彼女がこれからどうするかには興味がなく、ただ彼女が納得できる選択ができるといいなと思っていた。
〈episode 2023 おわり〉
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