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権力の危うさ

企業などの組織では、リーダーがチームに意見やアイデアを求め、ブレインストーミングを行う場面がよく見られます。良いアイデアが集まり、それが特定されると、次はそれをプロジェクトとして実行し、結果を監視する段階に移ります。このプロジェクトが成功した場合、その成果はリーダーの業績として評価されますが、チームメンバーが称賛され報酬を受けることもあります。それでも、最終的な成果はリーダーに帰されるのが一般的です。

このプロセスは「マネジメント」と呼ばれます。スポーツに例えるなら、例えば野球のようなものです。チームメンバーは選手であり、リーダーは監督の役割を担います。この仕組みでは、監督が直接試合に参加する必要はなく、選手を活用して勝利を目指します。そのため、選手は監督の指示に従うことが期待されます。同様に、軍隊では指揮官が兵士を指揮します。兵士にとって命令や指示は絶対であり、従わないという選択肢はありません。

権力は上層部から下層部へ一方向に流れます。組織に属する限り、この権力構造は避けられません。全員がこの枠組みに従うことを求められ、そうでなければ組織の安定性が損なわれる可能性があります。

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問題が生じるのは、マネージャーやチームの数が増えすぎた場合です。組織全体に権力が過剰に行き渡り、本来であればすべてのチームが統一された使命やビジョンに向かって協力すべきところ、現実にはチーム間で微妙な競争や対立が頻繁に発生します。これらの競争は、組織の価値として掲げられる「協力(コラボレーション)」を妨げる要因となります。結果として、リーダーは権力に執着し、チームメンバーはますます強いプレッシャーを感じるようになります。

これは個人の性格の問題というよりも、組織そのもののシステムに起因する問題です。リーダーが自分たちに権力があると認識し、それを目標達成のために使わなければならないと考える限り、行動や思考が権力中心に偏ってしまうのは自然なことです。

最終的に、リーダーが持つ唯一の武器はチームを指揮する「権力」です。リーダーはチームメンバーの努力なしには成果を上げることができません。具体的な貢献をするのはチームメンバーであり、リーダーはその成果を基に成功を示します。

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こうした権力濫用の問題を緩和するため、「サーバントリーダーシップ(奉仕型リーダーシップ)」という新しい概念が注目されています。指揮官のように振る舞うのではなく、リーダーがチームに奉仕する役割を担うという考え方です。その責任は、全体像を示し、組織の目標や使命、ビジョンを明確にし、それをチームの状況に応じた具体的な行動計画に落とし込むことにあります。

このアプローチは何十年も前から注目されていますが、それでも権力に基づくリーダーシップの問題は根強く残っています。

ここには微妙な問題があります。権力志向のリーダーがサーバントリーダーとして振る舞おうとすると、結局は権力に頼ってしまうケースがあるのです。例えば、チームメンバーに対して全体像を示すことや組織目標を明確にすること、さらにはそれを行動計画に変換することを求める場合が挙げられます。このように、チームメンバーはタスクの実行だけでなく、リーダーが担うべき知的作業まで期待されるようになるのです。

一見すると、これはボトムアップ型の協働アプローチのように見えますが、実際にはワークショップに多くの時間を割かれるチームメンバーが利用されていると感じる場合があります。その結果、サーバントリーダーシップでさえも権力志向が表面化し、見せかけだけのサーバントリーダーが生まれるのです。

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権力はまさにシステム的な問題です。それはほぼ避けられません。誰かが権力を持てば、それを使わないわけにはいきません。特に、権力が目標達成のための主要な手段と考えられる場合はなおさらです。

マネジメントにおいて、権力は必要不可欠なものです。しかし、それは同時に危険な特性でもあります。権力の魅力に完全に免疫を持つ人はほとんどいません。この傾向は、家族、地域社会、企業組織などあらゆる人間集団で見られます。また、古代文明から現代の国家まで、歴史は権力濫用の例で満ちています。その結果、数多くの悲劇が引き起こされてきました。

では、権力とは何でしょうか?

それは他者に影響を与え、動かす力のことです。物理学では中立的な概念ですが、人間社会においてはリスクを伴います。もし誰かを自分の思い通りに動かし、それに「誰もが」従わざるを得ない状況を想像してみてください。その危険性が容易に理解できるはずです。有名な言葉ではありますが、次の格言を思い出してください。

大いなる力には、大いなる責任が伴う。

組織に階層が多すぎると、マネージャーが過剰に増える結果となります。そして、そのすべてが「大いなる責任」の理想を実現できるわけではありません。この格言に含まれる知恵にもかかわらず、権力は依然としてシステム的な課題であり、濫用のリスクが付きまといます。

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こうした認識から、最近では組織を平坦化し、階層の数を減らすという大胆な動きが進んでいます。このモデルでは、組織は樹木ではなく「地下茎(リゾーム)」のような構造を持ちます。硬直した管理体制の代わりに、メンバー同士が柔軟かつ動的に接続し、神経ネットワークのような形をとります。この仕組みでは、すべての人が「プレイヤー」として直接的に貢献し、間接的な「管理」行動よりも実際の成果が重視されます。

これは無秩序を意味するものではありません。脳内の神経クラスターのように、「一時的」または「アドホック」なチームが必要に応じて形成されます。これらのチームは目標や目的を共有し、ミッションが完了すると解散します。アドホックなチームは必要に応じて出現し、消滅するのです。このように平坦化された組織は、脳の仕組みを模倣しています。

少なくとも、このアプローチはマネジメントにおけるシステム的な権力問題を認識している点で重要です。この課題は人類にとって永続的なものですが、インターネットやAIのような技術革新が、こうした脳型の組織ダイナミクスへの移行を支える可能性があります。

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