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ごめんねと言われずに、私の話を聞いてくれる場所を求めていたのだと気づいた話
先週末、主催する #過去の私を愛おしく想えるWS の初回だった。
感想をひとことで言うなら、豊かな時間だった。
もともとは自己紹介の時間にする予定だったけど、前日にそれをやめることに決めた。
私がこの時間でこの場に来てくれた方に、どんなことを感じてほしいかを考えた結果、「ここは自分のことを話していい場所なんだ。話して大丈夫なんだ」ということだなと。
だから、私がどんな人間かは究極はどうでもよいと判断して、対話をする時間にしようと決めた。
(とはいえ、資料はシンプルすぎるし、来てくれた方に頼りまくった…)
ご参加くださった方のおかげで、本当に豊かで濃厚な2時間を過ごせた。
終了後、「私はこういう時間、こういう場を求めていたのだ」と気づいた。
「お父さんってなにしている人?」と聞かれて、小学3年生のころに亡くなっていると言えば、その場の空気が沈んで、「あぁ…そうなんだ。聞いちゃってごめんね」と言われた。
でも、ごめんねなんて言われたくなかった。
ごめんねなんて言われても嬉しくなかった。
ごめんねと言われるような、かわいそうな人間だと思われているような気がして、苦しい気持ちにも、悔しい気持ちにもなった。
だから、父親のことが話題になったときは、適当に流していた。大人になってもそうだった。
そんな私が求めていたのは、空気を読むことなく、かわいそうな人だと思わることなく、家族の話や辛かったことを話せる場所だったのだ。
私の話をしても、かわいそうと思われることなく受け止めてもらえる場所が私には必要だったし、求めていたのだと思う。
だから、私はこのワークショップをつくったのだろう。
この場に来てくださった方のおかげで、そんな想いや願いに気づけた。
そんな意味でも、私にとっては豊かで濃厚な2時間だった。
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