Bd.1: 文藝空間に包まれて

東京の小伝馬町に、「ほんやのほ」という会員制の書店がある。

この書店が入居しているのは、年季の入ったビルの二階。
私が初めてここを訪れたのは、この国の平成という御代がまもなく幕を引こうか… という春の日の午後だった。

ビルの見た目と店までのアプローチの風景は、少し荒涼寄りに振っていて、
初見では「本当にこんなところに書店があるの?」といった雰囲気。
さらにお店は会員制と聞いてきたから、なんだかとてもハードルが高い心持ちがする。そんな不安を抱えながら、ビルの階段に足をかけた。急な階段はまるではしごみたい。

が、階段を上りきったとたん、それまでの風景とはあまりに対照的な暖かい空間が、いきなり現れる。まるで、別のどこかからこの空間だけを切りとって持ってきたのではないか… とさえ思えてくるほどだ。

受付(兼レジ)から、店主の伊川さんが笑顔で迎えてくれる。
あ、なんだろう、ここなら大丈夫そう…。

会員登録のために簡単な手続きをふたつみつ済ませると、
「会員カードは帰る時までに用意しますので、」と、店内に通された。

パーチクルボードで仕切られた店内には、靴を脱いであがる。
お店のトレードマークでもある、鎮座まします金庫を乗り越して(ちょっと何言ってるか分からないと思うが、ありのままだ)、
その奥に広がるこあがりが、この書店の「うりば」になっている。

うりばに腰を下ろす。見上げれば、本、本、本… に包まれている。
私の部屋より一回り小さくて、私の部屋より一回り、いや、それ以上におちつける空間だ。
白熱電球の光色も相まって、客の存在そのものを肯定してくれている心持ちがする。

本を手に取りながら、自宅にもこういう空間がほしいなあ、とか考える。
ここはきっと、どこかから切り取られてきた空間。
できることなら、今度は今度は私がここを切りとって家に持って帰りたい…。
私は本を一冊買って帰ることにしたが、さすがに空間を切り取ることはかなわなかった。

いや、考え方を変えよう。
この本だってさっきまでお店の一部だったのだ。
本が自宅の本棚に入れば、お店の一部が本棚にある。ということになるのかもしれない。
うん、誤差の範囲だ。これでいい。

晴れて私は、「ほんやのほ」の会員になった。
道すがら、貰った会員カードを眺めてみる。
白地に一文字、「ほ」の文字。
なんだか、あの空間に認めてもらえた気持ちがして、
文字どおりに「ほ」っとした。

実を云うと、私、回文愛好家 幡﨑のルーツはこのお店にある。
回文と出会ったきっかけの話は、またの機会に。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?