第6回 「夏から帰れない」
夏の終わりが近づいてきましたね。皆さんは夏をしましたか? 夏を満喫しましたか? 夏だけなぜか満喫しないといけないみたいな脅迫じみたものを感じるし、人は他の季節に比べて夏にだけ異様に向き合おうとする。たしかに夏は「これ無料なの?」という瞬間が多くてヤバいが。
夏はこの世界の原液という感じがして好きだ。春も秋も冬も素晴らしいが、いざ夏が来ると、他の季節が「夏を薄めたもの」になってしまう。実は季節は横並びではなく縦並びで、四コマ漫画のように秋冬春の順に並び、オチの夏のために他の季節がフリの役割をさせられているのかもしれない。ここまで思考を飛ばしてくる夏の危険性はやはり脅威で、将来的に夏は有料になり、いずれ夏は法律で禁止されるだろう。しかし、この妄言もすべて夏に考えたことなので無視してくれてかまわない。
今年の夏はおそらく十数年ほど前に行って以来はじめて、プールというものに行ってみた。前回行ったときは慣れないティアドロップサングラスをかけていたせいか、中学生集団にファンキーモンキーベイビーズのDJケミカル氏に間違えられて追いかけまわされ大変だったので、それ以外の思い出が完全に消滅してしまっている。鬼に金棒よりも強い組み合わせ、思春期に夏。
今年はというと、僕と同じ引き出しの段に入っていそうな(同じジャンルの)おじさんと二人で行くことになった。流れるプールで膝をつき正座の状態で進むのにハマり、まるで落語家のロボットのような動きで何周も回っていた。周りにはポカリスエットのようなカップルや、人の手の届かない位置になっている果物のような男女入り混じった高校生グループ、水面がきらきらと光を反射して、ここにいる皆がひとつのレアカードになっていた。未来の落語家になっている場合ではないなと気づき、なんだか無性に恥ずかしくなった。だって未来の落語家というキャラがいたら、絶対ノーマルカードだから。
プールから出ると、体がいつも以上に重く感じる。小学校のプールの授業を体験してから今までずっと「水に入ると疲れる」と思っていたのだが、実は逆で「地上に出ると疲れる」のだと気づいた。水中で重力から解放されていたから地上に上がると重力を倍以上に感じ疲れているだけで、いつも地上はそこそこ疲れるのだ。だから一日じゅう寝てしまったり、天井の木目と格闘したりする日があっても安心してほしい。地上にいるだけで疲れるのだから。
流れもしない普通のプールに入ってぷかぷかと浮きながら、上は宇宙で無重力だし下は海で無重力だし(本当に無重力かはどうでもいい)無重力バーガーだなとか考えて、考えが終わると同時に閉館のアナウンスが流れ、帰路についた。
帰り道にセブンティーンアイスの販売機を見つけた。この世界がRPGゲームだったら必ずセーブポイントになっているであろう場所である。恐竜の骨のような棒にアイスがついているのがとても好きで、昔からよく買っていた。僕は迷わずカラフルチョコ〈ミルク〉を選んだ。夏を顕微鏡で見たようなアイスで、とても美しく美味しかった。
そういえばセブンティーンアイスって何かの帰りにしか食べたことがないかもしれない。何かの行きに食べたことってあったっけ。遊びや仕事、学校を終えて帰る人にしか見えない、そういった出現条件があるのかもしれない。そんなことを考えていたら、溶け始めたアイスが僕を取り込もうとするように手にまとわりついてきていた。危うく、もうすぐで夏から帰れなくなるところだった。
(この文章で〇〇みたい、〇〇のようなって何回使った? 夏は人を喩えさせる)
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