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自分から知りにいくこと~戦後79年

偶然に偶然が重なってこの一年で私はある事実を知ることになった。なかなか重い話でもあるし、誰もが読んでよいこのnoteに書いて良いのだろうか迷っていた。一年、何度も書いては止め、を繰り返しながら下書きに残していたものだ。

ある小説をきっかけに身近な人の過去を知る

昨年のある日、私は好きな作家さんのある小説を読んだ。第二次世界大戦中から始まるその物語は決して戦争の話ではない。その時代から始まり、現代までの数世代に渡る家族の話だ。


しかし私はその小説を読み始めてすぐ、物語の序章にあった戦時中に日本がとったある国策に個人的に注目した。
というのも、その少し前に実家に届いた私の祖父にまつわる本に同じワードがあったからだ。

ある日届いた祖父にまつわる本と、見つけた新聞記事

実家に届いた本とは、私の祖父が最期に勤めていた大学から送られて来たものであり、祖父が存命時に成したことについて記録されたものだった。私にしたら、なぜに今頃?な話だった。
届いた2冊の内の一冊を父が私に渡してくれた。

さらにちょうど同じ頃、読んでいる新聞に先に書いた国策の中を生き抜いた人が当時について語った記事が掲載されていた。私はその記事を切り抜いて例の祖父の本に挟んでおいた。


こういった経緯もあり、小説を読み続けながらも、そこに書かれている戦時中の日本のある国策について、自分の中で妙に引っ掛かるようになっていった。そしてある時祖父の名前とともにその国策を検索してみることにした。


ネットの情報から知る事実

すると、祖父自身がその政策に深く関わっていたことがわかった。ネット上に写る写真は今仏壇にある祖父そのものだった。

さらにその国策について詳細に書かれている本があるとわかったので、迷わずAmazonで購入した。本から知り得る過去の情報がすべて正しいとは言いきれないが、少なくとも岩波書店から刊行されているその本は、私にとっては重要な参考になるような気がした。

読むのが酷だった

しかし実は全てを読めてはいない。単純に難しいこと。そしてその本から見る祖父は言葉選ばずに言うと、狂気な程に暴走し政策を進めていった人物にしか見えなかったからだ。万全のメンタルと心の余裕がなければ読み続けられないと思った。


そして祖父に関しては、裁きを受けず、責任も取らなかった人。概ねそういう感じで書かれている。私も同じ様に感じざるを得なかった。

事実戦後、国内だけでなく世界へ出て活動している。その後病気で亡くなっている。ちなみに私が産まれる数年前のことで、私が聞かされているのは戦後の祖父の話だけであった。



過去を知ったからといってどうなる

なんて、言えない。
実際私が子どもの頃より、私の子ども達(30前後)は戦争について知る機会は少なかったと感じている。
しかしそもそも私たちの親世代も私たち自身も正確なことを知らされていたのか疑問はあるが。

今も世界中で戦争が絶えない。
日本も壮絶な過去があり今がある。その壮絶な過去を知ることは今後穏やかな日常を続けるための何かのきっかけになると思う。



今と言う時代は戦争の中を実際に生きた人がいなくなってしまうかも知れないギリギリの時。しかし、あらゆる手段で過去を知ることができるようになった時代でもある。


今回のことも、過去を語ってくれる数少ない人の声と、今の技術が父をも知らなかったことを私に教えてくれたと思う。


ちなみに父は祖父について、もちろんある程度は知っている。しかし後々わかってきている詳細までは知り得ていないと思う。もしかしたら、知りたくなくて蓋をしているかもしれない。終戦当時父はまだ少年だった。そして今も父や伯母は祖父をほこりに思っているだろう。

※心の中にはまだ葛藤があります。父の存命中にこの話を本人にはしません。私が読んだ小説のタイトルも書くことは控えますのでご了承下さい。

投稿してしまったものの、親族が読んでなければ良いなとまだ迷いはあります。


ところで今回投稿するか迷った私が心を決めたのはこちらのスタエフを聞いたから。

もちろん今回の私の話と直接は関係ないんだけれども。40代働く主婦と公言しておられるお二人の放言ラジオ。だったら50代の私も書いてしまおうという気持ちになりました。


この重いテーマでも、あらゆるところで笑いがあふれる。
多感な頃を長く関西で過ごした私。お二人のトークを聞いていると、何だか友達の話を聞いてる気になります。趣味の作業のお供にしております。









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