この島の人たちが本音で話せるように〜石垣島・ハルサーの闘わない闘い〜 ⑤
「ものすごく悲しかったですね。こういうことが、あり得るのかなー、って」
マンゴー農園でのお話の中で、最も印象に残ったのは、この言葉だった。
発する音が耳に残った。龍太郎さんは、ずっと標準語で受け答えしていて、今の若い人はそうなのかなとか、私に合わせてくれているのかなと思ったけれど、この言葉だけははっきりと沖縄なまりだった。
2019年2月1日
龍太郎さんは、石垣市議会本会議場の傍聴席で、住民投票条例案が否決される瞬間に立ち会った。
市民の思いを代弁する立場にある市議の皆さま
時を戻そう。
2019年1月
龍太郎さんとしては、3人になった家族で迎える初めてのお正月。
求める会代表の金城龍太郎としては、住民投票に向けた舵取りを市議会に預け、落ち着かないままの年明けとなったのではないだろうか。
同月半ば
沖縄防衛局が、平得大俣(ひらえおおまた)地域での陸自駐屯地建設のための造成工事を3月1日に着手すると県に伝えていたことが明らかになる。
「土地の造成を伴う事業」が対象に追加された、沖縄県の環境影響評価(環境アセスメント)条例改正により、新年度4月以降の工事着手であれば予定地はその対象となり、着工は3年程度遅れる。これを逃れるため、今年度内の着工を急いだと見られている。
環境アセスの実施は、周辺住民や専門家からその必要性を再三指摘されていた。
同月21日
「石垣市平得大俣への陸上自衛隊配備計画の賛否を問う住民投票」条例案が、ようやく審議入りする(総務財政委員会第1回審議)。
この日、直接請求を行なった求める会の代表として、龍太郎さんは本会議において意見陳述を行っており、その内容を一部紹介したい。
(参考資料:2019年1月22日付八重山毎日新聞「金城龍太郎代表意見陳述要旨」)
【請求の目的】
・住民ひとりひとりが意思を示すということ。
市民の間に分断を招いている理由の一つが、明確な民意が見えないまま物事が進んでいること。自分の意思を表しつつ、相手の意思も認めて尊重する。それが民主主義の原点。
・より多くの市民が考える機会をつくりたいということ。
石垣島は小さな島なので、賛否が分かれるような問題は避けてしまいがち。しかし重大な問題から目を背け、考えることをやめてしまうと、この島の発展のためにはならない。
また、署名運動を振り返る場面ではこう述べている。
「市民は私が思っている以上にこの島が好きだということを実感しました。賛成反対を超えて様々な意見を持つかたが“石垣島のためになれば”と署名してくれました。中でもとてもうれしかったのは、高校3年生の署名です。純粋な意見は貴重で美しく、力強く感じました。島への想いをつなげていくために、ぜひ投票に参加してもらいたいです」
龍太郎さん自身もそうであったように、大学のない石垣島では、高校卒業後は進学であれ就職であれ、島をいったん出ることになるケースが多い。そんな後輩たちにも1票を投じてもらいたいと、早期の実施を呼び掛けたのだった。
最後に彼は、目の前の市議たちに訴えた。
「市民の思いを代弁する立場にある市議の皆さま。
それぞれ政治信条はあるかと思いますが、島人が島のために考えて動いたことに大きな意義があると思います。実施に向けてご協力をお願いします」
意見陳述に立つ金城龍太郎さん(中央)
(出典:八重山毎日新聞)
置き去りの「島への想い」
そして、龍太郎さんにとって忘れられない一日が来る。
2月1日
「今日、決まりそうど」
議場にいた龍太郎さんは、求める会とハルサーズのメンバーである、宮良 央(みやら なか)さんと伊良皆高虎(いらみな たかとら)さんにこう連絡し、ふたりは急遽駆けつけた。この日に採決が行われるとは、予想していなかったのだ。
住民投票条例案の審議(総務財政委員会第2回審議)は、「辺野古米軍基地建設のための埋立ての賛否を問う県民投票(以下、辺野古県民投票)」予算案が可決された後に行われた。辺野古県民投票との同日(2月24日)投開票実施を目指していたため、このタイミングが有利に運ぶとの一部の野党議員の見立てがあったからだ。
審議は実のあるものとは言えなかった。与党側から選択肢や最低投票率などのルールづくりの提案があったものの、野党側では原案通りが筋だと却下。それ以上議論が深まることはなく、結論ありきの空気に。早々に採決に持ち込み、結果は3対4の賛成少数で否決となった。本会議での採決を前に、野党内で動揺が漂う。
議会運営委員長からは、「もう一度委員会に戻して話し合うべき」との助言があったが、今度は与党側が「結論を急いだのは野党」と反発。これにより、この日の本会議の議案に追加されることになる。
追い詰められた野党側は、先に述べたように与党側からの「選択肢」の提案を自ら却下している経緯がありながら、3択案に修正して議会にかける。辺野古県民投票が「賛成」「反対」に「どちらでもない」を加えた3択案に転じて流れを変えたことにならったと見られるが、与党側からは、非難が噴出した。採決では10対9(1名は態度保留)で否決される。
その後、いま一度、原案通りの「賛成」「反対」2択案で決を採る。10対10の可否同数。このため議長裁決となり、その結果否決された。
議長が口にした否決の理由は「審議不足」だった。
このようにして、住民投票条例案は否決された。
急ぐ理由は確かにあったが、条例案は、元々この日に採決に持ち込まれる状態ではなかった。
野党側は「1万4263筆の市民の署名」という「大義」に慢心があったのかもしれない。与党側の一部は、「国の専権事項」という思惑を野党側の失策に隠して、堂々と否決に票を投じられたのかもしれない。
ただこの時、署名に込められたひとりひとりの島への想いを真に感じていたのは、傍聴席にいる龍太郎さんら求める会のメンバーだけだったのではないだろうか。
* * *
「ものすごく悲しかったですね。こういうことが、あり得るのかなー、って」
沖縄なまりのある発音で、龍太郎さんは言った。
遠くで、1年前にはじまった造成工事の音がする。
「どのくらいの人がどう思っているのか、石垣では誰ひとりわからないと思うんです。なので純粋に知りたいということと、その結果を認め合えれば、ぎくしゃくした対立関係もやわらぐんじゃないかという気持ちでやっていました。それが議会にはかられると、彼らの政治信条の中での駆け引きに使われて終わりっていう・・。市民のためにある政治という場のはずなのに、そういう矛盾した世界なんだって落ち込みました」
それは、1年前のことを思い出すというよりは、つねに彼の中に在る「原風景」を語っているようにも聴こえた。
文・写真(出典表記のないもの) / 蔵原実花子
■石垣市住民投票を求める会
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■ハルサーとは、沖縄の方言で「畑仕事をする人」の意味。石垣島の中心部への陸上自衛隊基地配備計画。地元のハルサーである同世代の若者たちが、住民投票をおこなうことで、自由に語ることが難しい閉鎖的な空気を変えて、計画への賛否ともに意見を言い合える、認め合えるそんな島にしたいと行動してる。
ーArchiveー
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