この島の人たちが本音で話せるように〜石垣島・ハルサーの闘わない闘い〜 ⑨
いま、何が聴こえますか?
社会が脱皮しようとする音が、僕たちには聴こえてきています。(一同、拍手)
はい、いいことを言いました。(一同、笑い)
ー2019年9月。市への提訴の報告会を石垣島で行った時の、龍太郎さんの第一声だ。大署名運動会から一貫してこだわり続けた愛とユーモアは、法廷という次のステージでも健在だった。
11月、裁判は始まり、12月に第2回、年が明けて2月には第3回と口頭弁論は続いた。
そして2020年6月9日、新型コロナウイルスの影響で4月から延期となっていた第4回口頭弁論が那覇地裁で行われ、その後結審した。
那覇地裁前での原告団と弁護団による報告会
宮良麻奈美さん(石垣市住民投票を求める会・原告)
私たちの主張が認められなければ今後日本全国でも市民にとっての民主主義が不利になり続けると思います。この問題は石垣だけではない、健全な地方自治というものを守るための裁判だと思うので、ぜひ沖縄本島や全国の人に知ってもらいたいと思います。
市民が市に対し住民投票の義務付けを求める訴訟は、これが全国初だった。
この裁判は、石垣市の住民投票のみならず、その後につづくこの国の民主主義の行方を占うものとしても、大きな意味を帯びていた。
だからこそ、決して忘れてはならないことがあるー。
伊良皆高虎さん(石垣市住民投票を求める会・原告)
僕は、本当はすごくシンプルなことだと思っています。市に対して、僕らは「どうやったら住民投票できますか?」って聞いて「こういう形ならできます」「わかりました」「やりました」「ダメです」「え、どこが間違っていたんですか?」ってくらいのことだといまだに思っていて。自分たちが考えてやってきたことを正しいことだったと信じていますし、それを裁判所の方々にもわかっていただけると期待しています。
「僕らはただ、あなた達の声が聴きたいんだ」
はじまりにあった、この一市民の素朴な想い。その連なりが強い根を張ってこそ、民主主義という豊かな樹が育っていくのではないだろうか。
判決は、8月27日に下される。
この間、石垣市議会ではー。
12月。与党議員から、石垣市自治基本条例を廃止にする条例案が出された。
野党側から係争中の住民投票義務付け訴訟との関連を指摘されたが、与党側ではこれを否定している。
結果は10対11で、否決。傍聴席の市民からは拍手がわき起こった。
今年に入り3月2日。平得大俣の陸上自衛隊基地配備予定の市有地を沖縄防衛局へ売却する議案が可決された。
野党議員は反対の立場から意見した。
「開南・於茂登・川原・嵩田の集落は、戦前戦後に台湾や宮古島、沖縄本島、四国などから移住した人々がが血と汗と涙を染み込ませ、命をかけて切り拓いてきた土地。パイナップル、マンゴー、ゴーヤなどの栽培が盛んで後継者もしっかり育っている。その農地をつぶしかねない」
嵩田の農家出身の議員が、涙を流して否決を訴える場面もあったが、その声が聴き届けられることはなかった。
この時、石垣島に滞在していた私は、午前を市役所で過ごした。そこでは直接傍聴できなかった人たちが、設置されたテレビの中継を見守っていた。予定地周辺の人の姿もあった。
午後には取材で於茂登を訪ねた。
集落では、63年前に沖縄本島の北谷からこの於茂登に移り住んだ90代のおじいが、家の裏のハウスで育てたほうれん草を黙々と収穫していた。
このとき案内された於茂登岳では、透きとおった水が悠々と流れていた。人間社会の干渉を受けることなく、清らかに光をまとって。
この島の人たちが本音で話せるように
梅雨空の那覇。
この前日までの石垣島は記録的な豪雨に見舞われ、収穫期のアセロラを守るため大雨に打たれ続けた龍太郎さんは高熱を出した。幸い朝には熱が下がり、那覇まで来ることができたのだった。
第4回口頭弁論と結審の報告会が行われたのち、県庁前のカフェで龍太郎さんと話した。ふたりとも手元のアイスカフェラテを口にする時以外、マスクをはずさない。私は東京から来県していることを気にしていたが、龍太郎さんは発熱があったことで配慮してくれているのだろう。そんななか時間をつくってくれた事に感謝を伝えてから、話を切り出した。
ーー「闘う農民のバラッド」の回(本記事第6回)では、すみませんでした。
公開前の了解はもらったが、私的な部分を描いて複雑な想いをさせてしまったのではないかと気になっていた。
カフェの大きなガラス窓の向こうには、曇り空と、人通りの少ない国際通りが見えている。
龍太郎さんは、少し苦笑いをして言った。
「あれを書いた頃のことを思い出しました。今は、あれを書いた自分と、求める会の自分との、それぞれに変化が起きてきています」
分けて立ち回らねばならなかったふたつの自分が、自然な形で歩み寄ろうとしている・・この日の龍太郎さんの姿を通して、私にはそのように感じられた。
ーー判決が出たあとのことは考えてますか?
「どのような結果でも、いずれ求める会は解散することになります。住民投票という目標が達成できたから、であってほしいですけど」
そちらの未来であってほしい、と私も思った。
「そのあとは個人としてやりたいことがあります」
「 個人 」 という言葉の響きが、どこか強い意志を感じさせた。
「人と人をつなげる・・今はそんな活動がしたいです。この運動の中で、まったく異なる意見の人たちが同席する場に立ち会ったことがありました。そこで感じたんです。相手に話すこと、聴くこと、直接触れて知るということが、違いを認め合える一歩になるって。そういう場をつくっていきたいと思うんです」
たくましくなったな、と思った。
最初のどこか頼りなげな印象は、消えていた。
考えてみれば、初めて会ったのはたった3ヶ月前のことで、少し不思議な感じがした。
* * *
私がお話しする「ハルサーの闘わない闘い」は、ひとまずここまで。
読んでくださった方に、心から感謝したい。
そしてこれを読んでくれたあなたが、もし少しでも関心を持ってくれたなら、この先に何が起こるのかを、あなた自身の目で見つめてほしい。
今、石垣島で起こっていることは、
まさに今、私のまちで起こっていることだ。
あなたのまちで、起こっていることだ。
彼らの闘いは、私たちの闘いだ。
わたしの、たたかいだ。
* * *
マンゴーの花穂に蕾がついた2月末。龍太郎さんはその茎を紐で吊り上げる作業を見せてくれた。
「伸びてくると倒れて陽が当たらず、実の赤色が出なくなってしまうので、花の時期から1本1本に光を当ててあげるようにしています。」
ーたっぷりと光を浴びて蕾は花ひらく。そこから深紫色の実をつけ、南国らしい暑い季節の到来とともに、ふっくらと成長し赤みを帯びる。やがて完熟したその果実は、自らぽとりと袋に落ちる。
豊かに熟したマンゴーの実が落ちはじめる頃、
金城龍太郎は、30歳になる。
完
マンゴー写真 / 金城龍太郎さん
文・写真 / 蔵原実花子
【関連イベントのお知らせ】※こちらのイベントは終了致しました。
TOKYO WOMEN's FILM FESTIVALでは、石垣島の住民投票について一緒に考えていただく機会として、オンラインでのトークイベントを企画しました。
今回の記事にてその発言をお伝えしている「求める会」の宮良麻奈美さんにもゲストとしてご参加いただきます。
◉7月18日土曜日 19:00〜20:30
無料でご参加いただけますが、お申し込みが必要です。(先着30名)
ぜひご参加ください。
■石垣市住民投票を求める会
https://ishigaki-tohyo.com
https://www.facebook.com/ishigaki.tohyo
https://twitter.com/ForIshigaki
https://www.instagram.com/ishigakijumintohyo2018/
■ハルサーとは、沖縄の方言で「畑仕事をする人」の意味。石垣島の中心部への陸上自衛隊基地配備計画。地元のハルサーである同世代の若者たちが、住民投票をおこなうことで、自由に語ることが難しい閉鎖的な空気を変えて、計画への賛否ともに意見を言い合える、認め合えるそんな島にしたいと行動してる。
ーArchiveー
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