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この島の人たちが本音で話せるように〜石垣島・ハルサーの闘わない闘い〜 ⑧

「“りゅうちゃ〜ん”とか、それがだんだん“りゅうた〜ん”ってなって。これはいい話だからって伝えてくれる時の安里さんの第一声です。あの時もそんな風に話がはじまりました」

訴訟に至った背景をたずねた。
龍太郎さんはその日のことをよく覚えているようだった。

家族と外で昼食をとり、その後は別々の用があって、ひとりで車に戻ろうと駐車場を歩いていた時に携帯が鳴った。

暑い石垣島でもその日はとびきりの暑さだった。運動の分岐点となったこの時のことを思い出そうとすると、炎天下で大粒の汗を流しながら話を聞いていた、その「感覚」の方が先によみがえるようだ。

電話をかけてきたのは、安里長従(あさと ながつぐ)さん。
辺野古県民投票の会副代表で、那覇で司法書士をしているが、石垣島の出身だ。龍太郎さんとは県民投票の協力を呼びかけて以来の親交があり、龍太郎さんや求める会の、よき理解者だった。

「署名はまだ生きているよ」

電話の向こうで安里さんは言った。
そして後日、ふたたび龍太郎さんに助言した。

「私の信頼する弁護士も私の法的な考えに同意をして裁判も受けてくれるから、このまま終わるのではなく裁判をした方がいいよ」

訴えを起こすべきだという意見は以前からあったが、龍太郎さんはその都度「できない」と答えてきた。訴訟による対立の構図を自らつくるようなことはしたくなかった。
安里さんの口から訴訟の提案があったのはこの時が初めてで、その内容は、市に住民投票実施の義務があることを司法に問うもので、市長や市を一方的に攻めたり賠償を求めるものではなかった。

これまでの姿勢を貫きたい龍太郎さんは、この時もやはり断った。

しかし、ここに至るまでの市長や議会から発せられたメッセージは、ことごとく、もう打つ手立てがないことを示していたー。

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石垣島の「憲法」

「前文」
日本最南端の石垣市は、亜熱帯気候に属し、四方を珊瑚礁に囲まれ、於茂登連山に抱かれた自然豊かなまちです。
(中略)
私たちは、このふるさとの豊かな自然を大切に守り育てつつ、より広い視野で社会をみつめ、全ての市民が「石垣市」に愛着を持ち、いつまでも住み続けたくなる安心安全なまちとなるように、さらに豊かなまちを築き、未来へ引き継ぐことを目指します。
そのためには、市政の主権者である市民が地域のことを自ら考え、自らの責任の下に自ら行動して、この地域の個性や財産を生かした市民自治によるまちづくりを行うことが必要です。
(中略)
よって、ここに、自治の基本理念とまちづくりの指針を明らかにし、市民、議会及び 行政の役割など、自治の定める規範として、石垣市自治基本条例を制定します。

石垣市自治基本条例は、2007年に大浜長照市長(当時)が「地域のことは地域で考え、判断し、行動しなければならない」と呼びかけ、市と市民の代表者が中心になって議論を繰り返し、2009年に制定された。市政運営の最高規範とされることから、自治体の憲法と言われる存在だ。
その28条に、住民投票についての記述がある。

第28条 住民投票の請求及び発議
【第1項 】市民のうち本市において選挙権を有する者は、市政に係る重要事項について、その総数の4分の1以上の者の連署をもって、その代表者から市長に対して住民投票の実施を請求することができる。
【第4項 】市長は、第1項の規定による請求があったときは、所定の手続を経て、住民投票を実施しなければならない。

求める会が集めた署名は14,263筆。有権者の4分の1を大きく上回っている。(本記事第3回参照)
そうであれば、自治基本条例28条4項に基づいて、市長は住民投票を行う義務がある。ではなぜ自治基本条例に基づいた住民投票の実施ができないのだろうか。28条1項の請求の仕方などの内容を定めた規則等がなかったからだ。
そのため求める会は、国の定める地方自治法に基づき、議会に条例制定の請求を行ったわけだが、審議の結果、昨年(2019年)2月1日に否決された。(本記事第5回参照)

同年4月3日、龍太郎さんたち求める会は、市役所を訪れ、自治基本条例28条4項の「所定の手続き」の内容を明確にするよう求めた。しかし市は、

「自治基本条例は理念としての条例。実際に運用されるのは想定していなかった」

と回答し、地方自治法に基づく条例の請求が適当だと述べた。
地方自治法74条で定められた住民投票条例請求に必要な署名数は、有権者の50分の1以上。それに対し、自治基本条例28条1項では4分の1以上という規定がはっきりと掲げられている。このことから、あえて高い壁をつくり、それを超えることができた時には、議会の可否に関係なく、市長は住民投票を実施する義務を負うと解釈するのが自然だろう。これを「理念」として片付けられていいものだろうか。

5月14日、議員発議による住民投票条例案は、特別委員会で参考人からの聴取後に質疑もないまま、否決。この後は6月の本会議での採決となるが、期待はできず、条例制定はもはや風前の灯火だった。

6月9日。八重山毎日新聞を開くと、全面黒ベタで、このような意見広告が現れる。

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逃げるな。向き合え。

このキャッチフレーズは、求める会で中心になって動いているメンバーのうち、最も若い、宮良麻奈美(みやら まなみ)さんが考えた。これまでのユーモアを交えた路線で伝えるアイデアを出し合っていたが、納得のいくものが出てこなかった。その中で彼女が発した、
「逃げるな。向き合え。」
この言葉を、みな受け入れた。龍太郎さんたちは、もう一歩も下がれないところまで追いやられて、それでもそこから届く声を探していた。

届くことに、一縷の望みをかけて。

しかし、この記事が出された翌週の6月17日。石垣市議会本会議の初日に、住民投票条例案は再び否決。この日傍聴席にいた、求める会とハルサーズのメンバーである宮良央(みやら なか)さんは、2度の否決を目の当たりにして、マスコミの取材に対し、
「怒りというよりは寂しい。悲しい。向き合ってほしかった」
とコメントしている。

同じ頃、自治基本条例の逐条解説(ちくじょうー/法律・規約などの箇条を1つ1つ順に取り上げて解説すること)の存在が明らかになる。
第28条については、以下のように記述されている。

【解説】住民投票に関する住民からの請求手続き、議員及び市長の発議について定めたものです。
【第1項】は、本市に選挙権のある者(有権者)が、地方自治法第74条(住民の条例制定改廃請求権)に基づくものの1つとして、「○○の住民投票条例」の制定について請求できることを定めています。市民はその代表者が市から認定を受け、1か月以内に市内の有権者の4分の1の連署を集め、市長に提出します。請求を受けた市長は、先ず選挙管理委員会により連署内容の有効無効の審査を経て、有効の場合、議会に付議するとともに、付議するにあたって意見を付することができます。
【第4項】は、第1項の規定による市民からの請求を拒むことができず、その請求があった場合は、所定の手続きを経て、住民投票を実施しなければならないことを定めています。

この逐条解説に初めて言及し、分析を行ったのが、安里長従さんだった。

安里さんはOKIRONに寄稿した『石垣島自衛隊配備の最大の問題点とは』の中で、逐条解説の内容から、この条例が、議会での可否に関わらず、市長に実施義務を負わせているものだと導き出している。「署名はまだ生きている」と。

7月29日、求める会は、逐条解説について中山義隆市長らと意見交換会を行う。
市長は「地方自治法に基づき議会にかけて否決されたことで、署名の有効性は消滅している」とし、「(逐条解説には)不備があるでしょうね」と話した。
理解し合えないまま、議論が終わる。

この時が事実上の行政との決別となった。

署名運動から9ヶ月。
気づけば、元号は「平成」から「令和」へと変わっていた。

最後の望み

暑い石垣島でもその日はとびきりの暑さだった。運動の分岐点となったこの時のことを思い出そうとすると、炎天下で大粒の汗を流しながら話を聞いていた、その「感覚」の方が先によみがえるー。

安里さんからはそのあとも連絡をもらいましたが、
裁判に関しては「できない」と答えていました。
相手を一方的に攻める裁判ではないけど、やっぱり争いたくなかったです。

他の誰かではなく、住民投票のため中心になって動いてきた僕や会のメンバーが原告になるからこそ意義があるのだと言われました。

説得と言うより・・安里さんは、僕らが原告になることを初めからわかっていたような気がします。

このまま行政とのやり取りだけで住民投票ができるとは、僕らももう思えなくなっていました。
だけど署名してくれた人、そして署名できなくても心を寄せてくれていた、島の人たちの声を届ける責任が、僕らにはあります。

住民投票を実現するには、もう司法に判断してもらうしかない。

僕自身、どこかの時点で心づもりができていたのかもしれません。

最後に背中を押してくれたのは、嫁でした。
これ以上家族との時間を犠牲にするわけにはいかないと思っていました。
でも嫁はそんな僕をよく見ていてくれたんだと思います。ある時、「やったらいいんじゃない」と訴訟を起こすことに理解を示してくれました。

マンゴーの実の収穫が終わる頃、
僕たちは那覇地裁に訴訟を起こしました。
その時の気持ちですか?

ひとことで表すことは、とてもできません。

後ろめたかったです。市や議会を「敵」にすることが。
間違っていると思ったら、直接話し合いに行けたつながりすら失って、今後は弁護士を通じて向き合うことになるんだって思いました。境界線をこちらから引いてしまったのだろうかと。

もしかしたら結審した今でも、その後ろめたさは自分の中にあるかもしれません。

後悔ですか?
それは、ありません。

*   *   *

2019年9月6日、県庁での会見。
龍太郎さんたちは、初めて訴訟を公に伝える。

「最後の望みとして、司法に判断を仰ぎます」

つづく

文・写真 / 蔵原実花子


(今回の記事の公開が遅れましたことを、お詫び申し上げます)

■石垣市住民投票を求める会
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■ハルサーとは、沖縄の方言で「畑仕事をする人」の意味。石垣島の中心部への陸上自衛隊基地配備計画。地元のハルサーである同世代の若者たちが、住民投票をおこなうことで、自由に語ることが難しい閉鎖的な空気を変えて、計画への賛否ともに意見を言い合える、認め合えるそんな島にしたいと行動してる。

ーArchiveー

この島の人たちが本音で話せるように〜石垣島・ハルサーの闘わない闘い〜①

この島の人たちが本音で話せるように〜石垣島・ハルサーの闘わない闘い〜②

この島の人たちが本音で話せるように〜石垣島・ハルサーの闘わない闘い〜③

この島の人たちが本音で話せるように〜石垣島・ハルサーの闘わない闘い〜④

この島の人たちが本音で話せるように〜石垣島・ハルサーの闘わない闘い〜⑤

この島の人たちが本音で話せるように〜石垣島・ハルサーの闘わない闘い〜⑥

この島の人たちが本音で話せるように〜石垣島・ハルサーの闘わない闘い〜⑦

この島の人たちが本音で話せるように〜石垣島・ハルサーの闘わない闘い〜⑨




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