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#1 マネキンの歩み─髙田賢三 夢をかける─

美術手帖の招待券抽選に当たりましたので、初めてのファッション系展示に行ってきました。

失礼ながら、髙田賢三さんを知らず、KENZOブランドのことも知らない中での、展覧室への第一歩。

「あ、この写真知ってる」

https://mainichi.jp/articles/20240705/ddm/010/040/001000c

お人形さんのように綺麗なモデルを抱えたおじさんは、世界的ファッションデザイナーだった。

この麗しいモデル・山口小夜子さんが着用したウエディングドレスは、長らく表舞台から姿を消していたそうだ。
今展示にあたり、キュレーター・福島直さんがネットの堆積層から所在を掘り起こした。KENZO PARISに保管されている時点で、リボン同士を繋ぎ合わせている糸などの劣化もあり、「海外輸送に耐えない」と一度は展示を断念するよう返答があった。
しかし、ここにあるということは.....?
「修復に3ヶ月かかりましたが、約30年ぶりの公開が叶いました」

展示会の裏には、こんな風に点と点が奇跡的に繋がるストーリーがゴロゴロしているのかな。
これだけじゃなさそうだな、とワクワクしていました。

「これ、捨てられる寸前でした」

またも掘り起こされた服かと思いきや、今度はマネキンの話だった。
「服を観に来ているのにマネキンの話しばかりで申し訳ない」とキュレーターはおっしゃっていたが、脱線話ほど面白いものはないよね。

このマネキンたち、探しても写真がなかった。
なんなら、このマネキンは展示会の作品集にも載っていない。
撮影スケジュールを過ぎてから発掘された。

座っているマネキンの両サイドに、二体のマネキンが立っている。
いずれもキャスケット帽にチェックのオーバーオールというのか、そんな出立ちで少年ぽさを感じるものの、ジェンダーレスな雰囲気。
全体がグレーで統一されているせいか上品さを感じる。秋冬のコレクションだろうか。

服を展示するにあたり髙田賢三さんのブランドに「マネキンはどうしますか?」と尋ねたところ、「何でもいいわよ」と返答されて、「マネキン選びからやるのか.......」とキュレーターさんは頭を抱えたそうだ。
ほとんどのブランドは、服をより良く見せるためにマネキンを専用に持っている。それが何でもいいとは.....。
KENZOブランドは誰もが着られる既製品(プレタポルテというらしい)を目指していたからだろうが、時代の美の基準がマネキン選びを難航させた。

1970年代の美と2020年後半の美は基準が違う。
現在は「背は高く、足も長く。腰の位置を高く保ち、バストとヒップの位置もつられて高くし、それぞれにはほどよい肉付きがあるのが好ましい」らしい。レディースフロアのマネキンを思い出してほしい。あんな女の子はそうそういない。

つまり、服が入らないのである。
マネキンは肉ではないので、詰めれば入るというものではない。
そのせいで作品集に載せるのを断念したそうだが、キュレーターさんが手を尽くしていた甲斐があった。

高田賢三さんの母校・文化服装学院から「以前お探しのマネキン。捨てようと思っていた中にそれらしいのがありましたけど、要ります?」と返事があった。
「要ります!」
着せてみれば、服はピタリと入った。
問い合わせに一度は「ないですね」と答えた学院側が気に留めていなければ、今頃マネキンたちは失われていた。

このマネキンは、人形作家・四谷シモンさんが高田さんからの依頼を受けて、90体ほど生産されたものらしい。
球体関節の美しい等身大人形を見たのは初めて。
押井守監督の『イノセンス』だ......!と思っていたら、監督は四谷さんの人形にインスピレーションを受けているらしいと、後で知った。
なんでも繋がっているものだ。

発掘が道具や遺産を作品にするのかも

服飾、ファッションという流行だからというわけではないのだろうけれど、ドレスもマネキンも埋もれていたわけだ。
人から見られるために生まれたものが、ただ遺産として倉庫に眠っている。時代や瞬間での役目を終えたのだからそれでも良いのかもしれない。

でも、役目を終えたそれらを「保管しよう」と決めた人たちがいたはずだ。ドレスもマネキンも次の展示のために保管されたのかもしれない。
ただ眠るうちに時が経って、素材そのものが劣化して、美の基準が移り変わって、「展示のため」には使えなくなった。

それでも数十年に渡り保管されていたのは、誰かがそれらが持つ物語を知っていたからだろう。
でなければ、マネキンたちのように明日には廃棄処分場行きだった。
今回の『髙田賢三 夢をかける』の開催にあたって奔走したキュレーター(をはじめとした関係各位)の物語が、そのままドレスやマネキンに新しいストーリーを与えてくれた。

ファッションを全く知らない人間にも通じる発掘物語として、道具や遺産を作品に変えて蘇らせてくれたように思う。

美術手帖さん、ありがとうございました。
キュレーターさんから直に展示会開催にこぎつけるまでの話を聞いたのはこれが初めて。
作品解説は何度かあるものの、バックステージを語ってくれる機会には恵まれず、「そういうの大好き!」な私にはとても楽しい1時間でした。

詳細にメモを取りながらの参加者もいらっしゃったので、別視点での記事も探そうと思う。

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