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負った傷は、大人になったら自分で治すよ。

私の傷の根底には母との関係がある、ということ。
それは、自身の経験から知ってはいる。
知っていはいるが、それでも、誰かから言われると微かに反感をもってしまう。
じゃあ、あなたはどうなの?と。

負った傷は、大人になったら自分で治すよ。私たちだってそうだったじゃないか。ちゃんと大人になるよ。
ー 彩瀬まる『新しい星』 文芸春秋 p.173 (「月ふたつ」より)

青子のこの言葉は、なぜか、私の心に”すとん”とはいった。

「よい恋愛、よい結婚、良い出産、よい子育てへ、道は真っ直ぐに続くと意識すらせずに信じていた」青子。
生まれて間もない子を亡くし、離婚をし、実家に身を寄せ、
「どれだけ辛くても、もう二度と体の外に出せない悲しみのかたまり」を抱え、激しい苦痛に喘ぎ叫び尽くしたあるとき、

両親に慈しんで育てられた幸福な記憶のなかで、
もう一度生まれ直したような感覚を感じる。

「私はちゃんと一人でもやっていける」

心から娘を心配をしてくれている母にそれを伝える。
よく気づいたね、と褒められることすら期待して。

しかし、
母は”青ざめ”現実を見なさいと拒み、婚活を強いる。
母は何に恐怖を感じているのか。

子供を亡くし、離婚し、子供が産めない、もうすぐ29歳になる、
そんな状況の娘がもう結婚しないという。
「普通」からはみ出した娘。

母はその娘を受け容れられない。
「おかしくなっている。あんたがだよ、青子」と耳をふさぐ母。
もう母とは言葉が通じない。

生まれ直した娘。
その娘を拒絶する母。

 私が変えられるは自分の運命だけなんだ。子供の運命はそれがどんなものであっても、その子が一人で背負うしかない。親ができるのは、それを全うする姿を褒める…褒めるっていうか、もう、敬意を持つとか、そんな感じだよね。
ー 彩瀬まる『新しい星』 文芸春秋 p.172 (「月ふたつ」より)

冒頭の言葉も、この言葉も、
再発した癌で闘病中の友人、茅乃に青子が語りかけた言葉である。

自分が亡き後も娘の未来を守りたいと必死に”母親の存在”を続けようとする茅乃。
自分自身すら見失い保つことができない絶望の淵で、娘の言動に、濁流のごとく溢れ出してしまう自身の激情を止められず、娘を傷つけ、打ちのめしてしまう

いっそ早く自分がいなくなればと苦しみもがいている茅乃に、
青子の言葉はどう響いただろう。

この茅乃の願いが表しているように思う。

 いつか、娘の人生は、母親への憎しみを自覚することから始まるのだろう。ーーー元気でいてほしい。ずっと、ずっと。
ー 彩瀬まる『新しい星』 文芸春秋 p.176 (「月ふたつ」より)

☽☽

この物語を読み終えた後、私は、

茅乃の娘が母への憎しみを自覚できるまでも、そんな自分自身を嫌厭し、そして、受け容れるまでの苦悩を、
そして、
青子と母が互いに理解し合えるまでの途方もない積み重ねと悲しみと痛みを、
思わずにはいられなかった。

「圧倒的な黒い川に飲み込まれて、自分が自分ではなくなってしまう気がする」
と茅乃がいう”圧倒的な黒い川

それは、私の中にも流れている。
おそらく私の母にも。


「生きている子供は
毎日、毎日、傷つけあったお互いの体から血がしぶくかと思うほど、他人だ。」
という茅乃の感覚。

これは、
同じ黒い川を内包する母と娘だからこそではないか。

だからこそ、
私は、青子の言葉、茅乃の言葉に、

母と娘の『誇り』と『希望』を感じる。

ニワゼキショウ
花言葉は「豊かな感情」「愛らしい人」


牡牛座新月の頃に


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