ねがいごと (七夕のお話③)
朝、ママが目を覚ますと、となりに寝ていたはずの、サラちゃんがいません。お布団には、サラちゃんのともだちの、タヌキのぬいぐるみがひとりで寝ています。
「あれ?サラちゃんが、いない!さらちゃーん、おーーーーい、どこにいったんだーーーーい!」ママは、お布団の中から、サラちゃんを呼びました。
となりの部屋から、クスクスと笑い声が聞こえました。
カーテンのすきまからは、明るいお日様の光がさしこんでいます。夜の間にふっていた雨は、やんだようです。
「ママ―、おなかすいたよ。」サラちゃんの声に、ママは起きてきました。
「ママもおなかすいた。でも、冷蔵庫はからっぽだ。雨ばっかりで、お買い物に行かれなかったからね。こまったなあ。」
ママとサラちゃんは、キッチンに行きました。
「ママ、ホットケーキがあるよ。」
「いいね、ホットケーキにしよう!バナナも入れちゃおう!そして、チョコレートシロップをかけちゃおう!」
「やったー!チョコバナナホットケーキ!」
サラちゃんは、卵をわったり、混ぜたり、バナナを切るお手伝いをしました。ホットケーキを裏返すのはむずかしくて、くるりとひっくり返らずに、フライパンのふちについてしまいました。
ママは「大当たり!」と言って、ホットケーキを上手にフライパンの真ん中にもどしました。
「ここにくっついたのが、焼けるとパリパリになっておいしいの。ほら!」ママとサラちゃんはそれを分けっこしました。
朝ごはんのチョコバナナホットケーキは、最高でした。
サラちゃんは夢中で食べていましたが、ママは、床やソファの上に並んでいる、七夕飾りを見つけました。
「きれいだね。サラちゃん、早起きして、これを作ってたの?」
ママは、サラちゃんの短冊の願い事を、ひとつひとつ手に取って見ています。とても、楽しそうです。
『ぎたあがひけるようになりたい』という短冊を見て、ママは言いました。「サラちゃん、ギターひきたいの?いつでも教えてあげるよ。」
ママは部屋のすみに立てかけてあるギターを持ってきて、ポロポロと鳴らしました。ママのお仕事は、ギターを弾いたり歌ったりすることです。サラちゃんはママの歌が大好きで、いつか、ママみたいにギターをひきながら歌ってみたいなあ、と思っていたのでした。
「ママ、ごはん中。」サラちゃんはが言いましたが、ママは楽しそうに歌いはじめました。
ささのは さらさら
のきばに ゆれる
おほしさま きらきら
きんぎんすなご
ホットケーキをあわてて飲み込んで、サラちゃんも、一緒に歌います。
ごしきの たんざく
わたしが かいた
おほしさま きらきら
そらから みてる
ママのギターの音がきえて、サラちゃんはパチパチと拍手をしました。ママは、ふかくおじぎをして、ギターをもとのところに戻すと、サラちゃんのお向かいの椅子にもどってきました。
「サラの名前は、七夕の歌からつけたの?」サラちゃんが聞きました。
「そういうわけじゃないけど、『サラ』という音がとてもやさしくて、美しい響きがするのと、ひらがなも、カタカナも、漢字にしても、とても素敵だなと思ったの。七夕の歌も、静かできれいな歌だから、大好き。」
「サラちゃんは、自分のことをほめられているように、嬉しくなりました。」
「ねえ、ママの短冊も、とってあるんだよ。願い事、書いていいよ。何色がいい?」サラちゃんが聞きました。
ママは、うすむらさき色の短冊を手に取りました。
「思い出した。むかしね、ママはお外でギターをひいて歌ってたんだけど、だーれも聴いてくれなくてね。それで、七夕の日に『大きなところで、歌いたい』って、願い事をしたの。そしたら、『きっと、かなうよ。』って、言ってくれた人がいたんだ。そして、本当に叶ったの。」
「うれしかった?」
「そりゃあ、うれしかったよ。でも、その人にはそれから一度も会えなかった。」
「かなしかった?」
「そうね、『ありがとう』って、言いたかったかな。」
「ママ、願い事すればいいよ。『ありがとうが言えますように』って、書けばいいんだよ。」
「そうね、そうしよう。」
おひさまが、ぐんぐんのぼってきました。もうすぐ保育園に行く時間です。ベランダに風がふいてきて、鉢植えのあさがおの葉っぱを、やさしくゆらしました。