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『ワイバーンの影を追え』 序章

 ジェラルド ヘイワード 作 田中美奈子 訳

序章

夜明け

 緑豊かなヴァルクスの村は、古の時代から数多の伝説が語り継がれる場所だった。雄大な山脈と静かな湖に囲まれ、平和な時が流れていたが、数ヶ月前から不穏な噂が広がり始めた。それは「ワイバーン」が目撃されたというものだった。空を覆う巨大な影と、雷鳴のような咆哮。いくつもの家が焼かれ、村人たちの不安は日増しに募るばかりだった。

 そんな中、若き騎士カイランは、村の広場に立っていた。彼の鎧は古びているが手入れが行き届いており、剣の柄には祖父の代から受け継がれる家紋が刻まれている。カイランは村の守り手としての役割を担い、日々訓練に励んでいたが、その心には不安と焦燥が渦巻いていた。彼はまだ一度も大きな戦いを経験したことがなく、騎士としての真価を試される時を待ち望んでいた。

 ある日、村の長老がカイランを呼び出した。「お前に任務がある」と厳かな声で言う。「ワイバーンを討ち、村を救え。これはお前にとっての試練であり、また名誉でもある」

 カイランは一瞬、言葉を失った。だが、その胸には確かな覚悟が芽生えていた。彼は父や祖父がそうしたように、この村を守るために立ち上がることを決意する。彼はすぐに準備を整え、旅立つ準備を進めた。彼の周りには村人たちが集まり、誰もが彼の肩を叩き、言葉を掛ける。

 その夜、カイランは家の前で静かに星空を見上げていた。彼の心は決して揺るがないが、先に待ち受ける冒険に対する恐れも少し感じていた。「これは私の使命だ」と彼は自分に言い聞かせた。暗闇の中、彼は故郷を守るための旅に出る覚悟を固めた。  

 翌朝、彼はエリス、グリム、リリスといった仲間たちと共に、未知の冒険へと旅立つ。彼らの旅は、数々の試練と危険が待ち受けるものとなるだろう。だが、その先には、ワイバーンの影を追うという彼らの使命が待っているのだ。

旅立ち

 カイランたち一行は、村の長老から告げられたワイバーン討伐の使命を胸に、険しい山道を越えて、最初の村へとたどり着いた。その村は、思っていたよりも活気がなく、どこか不穏な空気が漂っている。村の中央広場には、鎧をまとった十字軍が厳しい顔で警備をしており、誰もがその存在に緊張しているようだった。

「ここが最初の宿場か…思ったよりも物騒な雰囲気だな」と、カイランが呟く。

 エリスが村の近くで馬を止めながら答える。「そうだね。でも何かがあるのは間違いなさそう。あのゴーレムの話、本当みたいね」

 彼らは宿を取る前に、十字軍長と話をすることにした。軍長の男は、スラリとした背の高い姿で、厳格な表情を崩さない。彼は彼らを一瞥し、低い声で語り始めた。

「君たちは噂の冒険者だな。ちょうど良い時に来た。我々は今晩、村に蘇った大型のゴーレムを討伐するつもりだ。しかし、そのゴーレムは日の入りと共に復活し、暴れまわる。日の出と共に土に還るが、その前に大きな被害をもたらす。我々も全力を尽くすが、戦力が足りない。君たちも手を貸してくれ」

 カイランは一瞬黙考した後、頷く。「もちろん協力しよう。だが、ゴーレムはどうして蘇ったんだ? 何か原因があるのか?」

 軍長は重い口調で答えた。「誰かがゴーレムを意図的に蘇らせたようだが、その正体は分からない。だが、ゴーレムを操る魔法陣の痕跡がいくつか見つかっている。おそらく黒魔術を使った者がいるはずだ」

 リリスが興味深そうに眉をひそめる。「黒魔術か…。ワイバーンの件とは関係がありそうね」

 グリムが肩をすくめて、静かに言う。「俺たちはいずれにしても戦うことになる。準備を整えよう」

 その夜、カイランたちは十字軍と共にゴーレム討伐の準備を整え、村の中央広場に陣を構えた。日の入りが近づくにつれ、空が赤く染まり、不気味な静寂が辺りを包む。やがて、地面がわずかに揺れ始め、ゴロゴロと地響きがこだまし始めた。

「いよいよだな」と、カイランが剣を構える。ワイバーンの討伐を前に、彼らはまず、このゴーレムを打ち倒さねばならなかった。

 轟音とともに隆起した地盤がゆっくりと人の形に変わり、天に向かって伸びてゆく。そしてそれはやがて二十メートルはあろう土人形、完全にゴーレムの姿となった。動きは遅いが、一歩踏み出すだけで地鳴りがし、立っていられない。十字軍二百人は小隊に分かれ遠巻きに火の弓矢を浴びせたり、岩石を弾とした投擲機で狙い撃つなど、民家へと向かうゴーレムの足止めを計るが、びくともしない。
 カイランたちは隊の後方で投擲機に岩を乗せる作業をしていたが、やがて弾とする岩が底をつきかけてきた。

 十字軍の軍長、エンサムが言うには、ゴーレムは月が満ちた夜復活し、朝陽が昇るまでに町を三ブロック破壊する。町が壊滅にいたらないのは、ゴーレムの動きが鈍く、町全体までは回れないためである。なので十字軍も当初はゴーレムを討伐する目的で派遣されたものの、早い段階で作戦変更し、一晩でどれだけゴーレムを足止めするかを目標としていた。しかしこのゴーレムの襲撃は期間にすれば半年以上続いており、足止めに使う山から切り出した岩石も、いよいよ採掘できなくなっていた。

 このままでは予定よりかなり早くゴーレムが町にたどり着くと予想できた。ゴーレムが襲来するであろう夜は住民を町の奥へと避難させているが、家屋が破壊されては命を守れても無事だとは言えない。エンサムは焦っていた。一方、カイラン達も違う焦りを感じていた。長老にワイバーン討伐を命じられ、村では名の通った四人組ではあったものの、彼らは所詮駆け出しの冒険者である。ここでなんとか武功をあげたいというのが本音であった。カイランはエリス、グリム、リリスを引き連れて隊の後方を離れ、臨時作戦会議を行なった。

「リリス、魔法で大鷹を使役して、俺をゴーレムの頭上へ運ぶことはできるか?」

「できなくはないけど、そんな危険なことはさせられないわよ。ゴーレムの脳天に一撃加えるつもりでしょ?」

「いいや、勇者の剣ならともかく、俺のセラミック刀ではゴーレムの表皮は砕けない。別の案がある。みんな耳を貸せ」

 四人はしばらく暗闇で話し合っていたが、やがてイタズラっぽい笑みを浮かべながら隊の方に戻ってきた。グリムだけがブツクサ文句を言っている。「よし、始めよう!」カイランの合図とともにリリスがオカリナでメロディを奏で始めた。やがてオカリナの音色に操られ、彼方から大鷹が飛来した。カイランとエリスが滑空する大鷹の足を掴み、ぶら下がって飛んでいった。「全く、鈍足の俺が演じる役まわりじゃないぜ」グリムがまだ文句を言いながら、ゴーレムに向かって走っていった。

 屋根の上の弓兵を指揮していたエンサムがグリムの影に気づき、「何をしている! 戻れ!」と声を上げたがグリムは止まらなかった。小人族のドワーフであるグリムは雄叫びを上げながらちょこまかと、動きの鈍いゴーレムの足元を駆け回った。ゴーレムはグリムを叩き潰そうと拳を地面に叩きつけるが、いかんせん的が小さく当たらない。モグラ叩きのようにグリムに翻弄されている頭上には、旋回する大鷹。その足にはカイランとエリスがぶら下がっている。そしてゴーレムの肩に降り立つと、カイランがゴーレムの前で外したマントをばたつかせた。ゴーレムが虫を払うように頭の上で両手を振り回す、その手をうまくかわしながら、マントで視界を塞ぐ。一方エリスはハーフエルフの身軽な体を活かし、ゴーレムの頭にロープを引っ掛け、懸垂下降の要領でゴーレムの岩肌を蹴りながら降りていく。途中、ゴーレムの腰からくるぶしまでの何箇所かの岩肌に種を仕込む。地面に到着するとグリムと一緒に大きな足元を駆け回った。種はエルフの国の植物で、光を発しながら発芽するとあっという間に成長しゴーレムの足を蔦で覆った。ゴーレムは蔦を引きちぎりながら前に進むが、ちぎれた蔦の断面から新しい芽がでて、それがまた足に絡みつく。ゴーレムはギクシャクしながら五歩ほど進んだが、ついに蔦に足を取られて前のめりに倒れた。

「いまだ! 投擲隊、撃て!」エンサムの合図とともに大岩が撃ち込まれ、倒れたゴーレムが岩にどんどん埋もれていった。ゴーレムは悪あがきをやめないものの、岩の重みで動けなくなり、十字軍はそのまま朝陽で土人形が崩れ落ちるのを待った。

 奇跡的にその夜はカイラン達の働きで被害は殆どなく終わった。エンサムにカイラン達は呼び出された。

「此度のお前達の功績は期待以上だった。軍を代表して礼を言う。しかし、軍の作戦を乱したことについては、厳重注意せねばならん」カイラン達は驚いて顔を見合わせたが、当然だとばかりにエンサムは続けた。

「私の役目は、ゴーレム討伐以上に、犠牲を出さないことなのだ。今回お前達の策がうまくいったのは、偶然、たまたまなのだと肝に銘じておいてほしい」

「ですが軍長、俺たちがああしなければ被害はもっと酷かったはず…」

「当然だ。お前たちの作戦は大いに評価し今後に活かす。次に月が満ちるのはアルテア陰暦で十日後。お前たちがゴーレム討伐の目処がつくまでこの町にいるのなら、今後あの作戦を行なう場合、我々の指揮で行なう」

「俺たちの手柄を横取りすんのかい!」短気なグリムがテーブルを思い切り叩いた。

「そうではない! 我々、軍人は危険や死もおりこみ済みの仕事だ。犠牲がもし出てしまうのであれば、それは我々だけでとどめたい。それと、半年以上続くこの騒動にそろそろ決着をつけよとの王から伝令が昨晩来た。よって、次回は切り札を使うことがすでに今朝の軍議で決まっている」

「切り札って? うまく誤魔化して手柄をとろうってのはダメだよ」とエリス。

「いや、お前たちも我が軍に合流している以上、包み隠したりはせん。作戦をまとめた後、三日後の全体戦略会議にて詳細を発表する。もしかすると、お前たちの作戦で済んだほうが良かったのかもしれんがな」そういうとエンサムは立ち去った。(次号へ続く)

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