調律師アリシア 第1章
第1章
魔法陣
アリシアは、フィリスから「次の研修に進む準備はできたか?」と促され、気持ちを引き締めて扉の前に立った。扉を開けた先に広がっていたのは、夜の森。星が瞬く闇の中で、彼女はひんやりとした空気を感じながら進んだ。開けた場所に到着すると、目の前には重厚な石板が立ち、その中央には複雑な魔法陣が刻まれていた。いくつかの同心円から作られた魔法陣の、円周上に宝石が埋め込まれていて、まるでダイヤル電話のように回転させることができるようになっていた。
「主任、今度は一体、どんな研修なんですか……?」フィリスは答えない。実世界には問題が提示されているわけではない。なので、様々な物質から問いを読み取るサイコメトリースキルも必要だ。
アリシアが石板の横に視線をずらすと、闇の中でブゥンとノイズを発しながら、乱雑に積まれた古いブラウン管モニタの画面が点灯した。モニタの画面には防犯カメラの映像のようなモノクロの粗い画質で、他のパラレルワールドの風景が映し出されているようだった。街中、川べり、建物の中、統一感無くいろんな場所が映し出されていた。モニタの一つに大海原を行く船の映像があり、夜の嵐の中、危険な状態であるように見えた。
「さっきの研修から考えると、このモニタの世界が調和してないわね。で、この魔法陣が操作パネルってどこかしら?」アリシアは横目でフィリスを確認したが答えてはくれない。
「わかりましたよぉ主任」彼女は魔法陣の宝石に手を伸ばし、そっと回転させてみた。すると、モニタの中のいくつかの風景が変化を始め、空の模様が変わったり、地上の風景が消えたり現れたりした。先ほどの船の世界では嵐が収まったが、横の街の映像が大雨に見舞われている。まるでパズルのピースを合わせるかのようだが、何が正解なのか手がかりがない。
アリシアは再び宝石に手を伸ばした。どの宝石がどの方向にどんな影響を及ぼすのか。試しに何度か宝石をデタラメに回してみると、モニタの画面がざわつき、映し出される世界に異変が起こり始めた。
最初に現れたのは、激しい地震だった。大地が揺れ、モニタの中の風景が歪み、建物が倒壊していく。さらに別の宝石を動かすと、今度は大嵐が巻き起こり、黒い雲が渦巻いて稲妻が走った。荒れ狂う風に吹き飛ばされる木々や人々の姿が見える。
「わ、わわわっ……!」
アリシアは思わず息を呑んだ。軽率な操作が、パラレルワールドに大きな災害を引き起こしている。彼女は手を止め、震える指を見つめた。
「アリシア、落ち着け」
背後からフィリスの声が聞こえた。「力任せに世界を動かすんじゃない。君の感覚と知識を信じるんだ」
「そ、そうね」アリシアは魔法陣の初めの位置に戻してみたが、すでにいくつかのモニタ上で災害が起きており、元通りにはならないようだった。「じゃ、逆回転させれば!」アリシアが先ほど回した宝石を逆方向に少し回してみたが、災害はまた別のモニタの中に飛び火し、単純に時間が戻るものではなかった。例えば右下のモニタの大津波を止めようと魔法陣を回すと、一番左上と一番下のモニタに災害が飛び火したりと、法則性がないように見える。しかしなんとなく、真ん中の三菱K39という品番が書かれたモニタを中心に災害が移動しているように感じた。このモニタがおそらく、パラレルワールドの災害を引き起こしてる……。
アリシアは深く息をつき直し、冷静さを取り戻した。そして、改めて魔法陣とモニタの映像に目を凝らし、慎重に宝石を回し始めた。その時、彼女はふと、モニタの中で空に現れる星々が少しずつ変化していることに気がついた。自分の操作に伴って星が動き、変わっていく様子が視界に映り込んでいた。
「そっか! この魔法陣と天体は連動しているんだわ!そして、K39モニタが北極星ね!」
そう気づいたアリシアは空を目上げた。そっと魔法陣を回してみると、レイヤーのように折り重なった天体の一つの層が魔法陣に合わせて北極星を中心に回転する。まずアリシアは同心円の魔法陣のどの円が夜空の星のどの階層なのか、少しずつ回しながら確認を繰り返した。やがてそれらを把握した彼女は、星の配置に注目し、秋の夜空の星座を思い浮かべた。
アリシアは幼い頃に夢中になったプラネタリウムを思い出した。大人になってからも、天文学、神話学の本はよく読んでいた。星座は天体の規則的な動きに人々がいろんな思いを投影したものだ。人間の様々な記憶と経験が星に刻まれており、そしてアリシアの脳裏には、それが知識として刻まれていた。それがまさかこんな場面で役立とうとは……。
アリシアはちょっとした奇跡に感動していた。そして過去の記憶、「ペガススの四辺形」や「アンドロメダ座」など、今の時期に見られる秋の代表的な星座を思い浮かべ、記憶を頼りに、宝石を調整し星座の形を再現していく。そしてようやく、夜空にペガススやアンドロメダ座のピースが噛み合った瞬間、星は輝きを増し、モニタの映像も穏やかに統一され、風景がつながり始めた。先ほどの災害の跡はなくなり、安定したパラレルワールドの姿がそこにあった。
「おめでとう、アリシア」
フィリスが穏やかに微笑んだ。「問題の意味を理解し、見事に解決したな」
「はい。でももうひとつ気づいたことが」アリシアは悪戯っぽい笑みを浮かべて言った。「ほう、なんだい?」フィリスも興味深そうに言う。
「この魔法陣が世界を操作しているのではなく、魔法陣の動きに合わせてモニタの映像が切り替わる。世界はこんな操作盤では操作できない!それが答えじゃありませんか?」
「見事だよアリシア。まさにその通り。タイムレギュレーターの行動は時間軸に作用するが、全てではない。だけどその重大さを学ばせるために、ヴァーチャルリアリティの虚数空間を用意したんだ。ここの世界は他の世界とは切り離されているから、君の行動は他に干渉していない。操作盤の動作信号を監視し、動きに応じてモニタが切り替わっている。ほとんどのタイムレギュレーターは、ここで自分が並行世界の中心だと錯覚しプレッシャーに押し潰されるか、力を得たと思い込み欲望を制御できなくなるか、いずれかで適正無しとなる。しかし君はこの研修の本来の目的まで見通した。第二研修は文句なく合格だよ」
「念のためですが、モニタの向こうの災害は、ヴァーチャルですか?」
「あぁ。あれはテスト用の空間で人も街も実体はないから、全く気にする必要はないよ。ただこの空間の外では時間境界のものに触れるときは慎重にね」
アリシアは少し緊張が解けたように笑みを浮かべ、さらなる研修への意欲が湧いてきた。新米ながらも、着実に調律師としての力を身につけていくアリシア。しかし研修はまだ終わったわけではない。アリシアの視線の先には、さらに広がるパラレルワールドの謎が待っていた。
緊急案件
アリシアとフィリスは次の研修に取りかかる準備をしていたが、本部から緊急の連絡が入った。フィリスが懐中時計の通信機能を操作して状況を確認すると、時間管理局からの指示だった。
「どうやら時間旅行者が遥か昔の『御伽話の世界』から、十九世紀末の『御伽話のない世界』にかぐや姫の竹を移動させたようだ。別のパラレルワールドの物質を持ち込んだことで、本来あり得ないはずの歴史が生み出されてしまう。この任務をアリシア、君が対応することになった」
フィリスが言うと、アリシアは緊張しつつも頷いた。
「わかりました。行きます!」
到着したのは、御伽話のない世界の十九世紀末。薄暗い街の片隅で、アリシアは竹の光を見つけた。竹からは淡い光が放たれており、見る者の目を引きつける。
「すぐにあの竹を元の世界に戻さないと! 主任、この竹がもともとあった場所を教えてください」
アリシアの声には焦りが滲んでいた。フィリスは冷静に言った。「今から光る竹を戻しに行っても歴史は元通りにはならない。すでにこの世界に無かったはずの事実が発生してしまったからね」
「じゃ、この竹を時空の歪に捨てちゃえば…」
「それは良くないね。君自身が改変者となってしまう。しかも歴史の改変は時間慣性が働くから、対処に無理があるほど、また、対処が遅れるほどに未来は大きく改変されてしまう。それが時間改変慣性の法則というものだよ。今は影響が拡大しつつあるから、ただ戻すだけでは駄目だ。元の歴史に誘導し、改変を吸収する必要がある」
フィリスの助言に従い、アリシアは改めて竹の扱い方を考えた。慣性の流れを逆手に取り、竹が自然に元の歴史に繋がるように操作するのだ。だが、その瞬間、竹の光に気づいた一人の男性が近づいてきた。彼は、真剣な眼差しで竹を観察し始めた。
「まずいわ、このままじゃ…」アリシアが動揺していると、フィリスが穏やかに囁いた。「今だ、アリシア。ひらめきを送れ。君は確かセレンディピティスキルを取得してただろう? 虚数領域にアプローチして、彼の未来に合うインスピレーションを」
アリシアは男性に向けて、念を飛ばした。その男性はなんとトーマス・エジソンだった。ひらめきの囁きが届くと、エジソンの表情が急に明るくなり、竹を見つめる眼差しが輝き始めた。
「これだ、これだよ! 竹の繊維の構造……フィラメントとして使えるかもしれない!」
フィリスが懐中時計を操作し、早送りで未来の確認をすると、この世界では無いはずの光る竹を見つけることから始まる歴史は、トーマスエジソンが竹を用いてフィラメントを作り、白色電球を発明するという歴史に戻った。フィリスがアリシアに親指を立ててグッドのポーズをとった。
アリシアはほっとした。なんとかもとの歴史の流れに乗せることができたのだ。
「よくやった、アリシア」フィリスが微笑んでアリシアの肩に軽く手を置いた。「少し危なかったが、最初の仕事としては上出来だ。次の試練では、もっと慎重になることだな」
アリシアは安堵の笑みを浮かべながら、フィリスと共に次の冒険へ向かう準備を整えた。彼女の成長は始まったばかり。時計の針は、再び新たな時間へと進み出した。
初仕事
先日の緊急案件以来、アリシアの日々は比較的平穏だった。彼女は研修を重ね、少しずつ時間改変の理論と実践に慣れてきていた。そんなある日、フィリス主任からの緊急呼び出しがあった。
「アリシア、すぐに来てくれ!」
フィリスの声がいつになく緊張を帯びていた。アリシアは急いで本部に駆けつけると、そこでは時間管理局の統括部長ロイが陣頭指揮を執っていた。彼は鋭い眼差しで集まったレギュレーターたちに状況を説明した。
「今回の改変は複数のポイントで同時に行われている。おそらく、プロの時間テロリストによる計画的な犯行だ。我々はペアで捜査に当たることにする。全員、準備を整えろ!」
アリシアはフィリス主任とペアを組むことになり、理論的で経験豊かなフィリスと、勘とセンスに優れたアリシアという凸凹コンビが誕生した。今回向かう先は、三国志時代の中国。改変された歴史の要因は、劉備玄徳が諸葛孔明を訪ねた際に、孔明が不在であったことだった。これにより、劉備が諦めて孔明を仲間に加えられず、後の三国の歴史が大きく変わる危機に直面していた。
二人が到着したのは、西暦207年、荊州の襄陽という町はずれ。諸葛孔明の家は静かな山間にあり、涼しげな風が吹き抜けていた。しかし、肝心の孔明は留守のようだった。
「これじゃ劉備さんが来た時に家に誰もいないわ……」
アリシアは周囲を見回しながら焦った。フィリスは冷静に状況を分析し、指示を出した。
「まずは孔明がどこにいるのか探る必要がある。おそらく、近くで思索にふけっている可能性が高いが、確証はない」
「ここで待っていては、手遅れになるわね。どうしたものかしら…」アリシア達が考えあぐねていると、一人の老人が通りかかり、話しかけてきた。「どうかされましたか?」アリシアが諸葛孔明という人物を探しているというと、老人は驚いたようだった。「なんと! 昨日私は彼、孔明の名を告げる機会があり、今日もまたその機会に出くわすとは! 私は水鏡と申す。孔明のことはよく知っておるぞ」
「そうなんですか⁉︎今すぐにでも彼に会いたいのですが、留守のようで…。彼がどこにいるかご存知ですか?」
「彼は変わり者で行動は常に想定外じゃよ。だから私も皆目見当がつかん、が、逆に言うと、想定を一つ一つ潰していき、最後に残った最もいそうにない場所が、彼の居場所だと思う」
「なんか分からないようでわかったような…。とりあえず主任、彼が絶対行きそうにないところを考えましょう!」
「無茶言うなよアリシア。普通考えつかない場所を思い付けと言うのかい?」と困り顔のフィリス。
「ちなみになんですが…、水鏡様、あなたが昨日孔明さんの名を告げた方というのは…?」
「劉備玄徳とか申したかの」
「やっぱり‼︎主任! 改変後の歴史では、劉備さんも孔明さんの居場所が思いつかず、出会えないのよ! どうにか私たちで孔明さんを見つけて、引き合わせないと!」
「なんか孔明との知恵比べになってきたな。正しい歴史では半日後には劉備がここを訪ねてくるぞ! それまでに孔明を探し出してそれとなく家に誘導するんだ! 直接説得したり強引に連れてくると、我々が歴史の改変者になってしまうからね!」
そこで二人は知恵者孔明に頭脳で対抗するのはとっとと諦めて、モバイル端末で孔明が行きそうな場所を予想させてみた。最初に挙げられた項目は245ヶ所。それからクエスチョンワードを試行錯誤し、なんとか10ヶ所まで絞り込んだ。このうち、時間までに戻って来られる3ヶ所について、実際に足を運んでみた。滝壺での釣り、蚊だらけの藪での日光浴、断崖絶壁での散歩など、最もあり得なそうな可能性を当たってみたがいずれも外れていた。二人が孔明の家に戻ると、ちょうど劉備が訪ねているところだった。劉備はしばらく戸を叩いたり大声で名を呼んだりしていたが、留守だとわかると帰って行った。
「遅かったか。すでに二人が出会わない歴史が分岐しつつある。どこかで軌道修正しないとな」とフィリスが言った時、何故か留守のはずの家の中から孔明があくびをしながら出てきた。「あ、あれれ⁉︎」アリシアが思わず彼の元に駆け寄った。
「あの〜、諸葛孔明さんですよね? 先ほど人が訪ねて来られたようですが、なぜ出てこられなかったんですか?」
「ん? あんただれ? いかにも僕は諸葛孔明だが? 今時仕事もせず家でゴロゴロしてる三十路前の若者を訪ねてくるのは借金取りか同類かだし、相手するのも面倒でな。寝てやり過ごすにかぎる」
アリシアはフィリスに耳打ちした。「一番いないであろう場所は、一番最初に確認した彼の自宅だったんですよ、主任」それから次は孔明に「あの〜、私たまたま通りかかっただけなんですけど、先ほど訪ねてこられたのは、なんだか立派そうな方でしたよ。仕事見つかんないんでしたら、いい話があるかも。もし次こんな機会があれば、絶対出てお会いになられた方がいいかと! ええ、絶対その方がいいと思います! いいですか、絶対ですよ!」
「なんだかくどい女だな。その言い草だと占術でもできるのか? だけど占術だったら僕の方が数段上だ。僕の占術によるとだね、君とその猫はこの世にあらざる者と出てるぞ。物怪は僕は信じないが、要は身元不詳の信用ならない人物だということだな」
「あは、あはは。この世ならざると言うのは当たらずとも遠からずというか、私とこの猫ちゃんの可愛さときたら、もうこの世を超越してるというか…まぁ、また機会があればお会いしましょう! では!」とアリシアはその場をなんとか誤魔化し、孔明宅を後にした。フィリスは「ややこしいことになったぞ。でも正しい歴史では劉備は孔明のもとを三度訪ねる。俗に言う三顧の礼だな。一回目は出会えずに終わったから、あと二回のチャンスで、なんとか二人を引き合わせなければならないな」とフィリスはため息をついた。
それから数日後、アリシアとフィリスは再び孔明宅を訪れた。史実では劉備の訪問日時がはっきりしないため、もしかすると間も無く劉備が現れるかもしれないし、二、三日先かもしれない。アリシアとフィリスは近くの木陰から付近の様子を窺っていた。
「それにしても主任、劉備さんと孔明さんが出会わないということが、歴史的にそんなに大きなことなんですかぁ? 同じキューピット役なら、私に素敵な彼氏を探してきてくださいよ」
「あのなアリシア、劉備と孔明の出会いは、面食いの君が理想の彼氏を見つけることよりもはるかに、はるか〜に確率の低いことだったんだ。孔明が劉備と出会い、彼に天下三分の計を授けたことで、魏呉蜀の均衡が五十年以上続いたんだ。もし二人が出会わなかった場合の可能性として、劉備亡き後の蜀の実権を孔明が継がず、バカ息子の阿斗が継ぐとなると、たちまち曹操に打ち破られるか、あるいは劉備の世代で魏の三国統一が果たされるかもしれない。
それとも別のパターンもある。この荊州長官の劉表の重臣、蔡瑁は曹操とは顔馴染みで、曹操に荊州を獲らせるメリットはあったんだけど、劉表と孔明が親戚同士という関係性も歴史の微妙な均衡を保っている。孔明が蜀の軍師とならずに荊州ごと魏に飲み込まれれば、それも魏が三国統一を成す要因となりかねない。
そうなると少なくとも五〇年以上歴史が前倒しになる。すると各地の歴史の噛み合わせがずれてどんなことになるか予想もつかない。それにここ荊州の襄陽は以降の歴史でも要所で、一二七〇年代に南宋がモンゴル帝国の侵略を四〇年も防衛していたんだ。この時代で襄陽の歴史が変わってしまうと、そこでもモンゴルの侵略を数十年早めることとなり、大陸の歴史がいくつものポイントで大きく改変されてしまう。
しかも、パラレルワールドではその時に襄陽の守護に当たっていたのが郭靖をはじめとする武侠の達人達で、天下五絶と呼ばれる英雄と楊過や郭襄といったその子孫達、武侠の系譜が全部書き換えられてしまうことになるんだ」
アリシアはポカンとしながら「そうなんですかぁ。それは大変だわ!(ちょっと冗談を言っただけが、すごくめんどくさいわ…)でも主任、孔明さんの姿が一向に見えませんけど、留守なんじゃないですか? 表に誰かいますし、聞いてみましょうよ」アリシアは孔明宅を掃除している若者に声をかけに行った。若者は名を諸葛均と言い、孔明の弟だった。案の定孔明は留守で、諸葛均にもいつ出かけたか、いつ帰るのか、予想もつかないという。弟から見ても兄の行動は予測不可能で、出かける際も戸口から出るとはかぎらないのだそうだ。「なんて困った人なのよ」孔明の帰りはいつか分からず、また劉備の訪問もいつかわからないので、アリシア達が頭を悩ませていると、諸葛均がこう言った。「兄のことでしたら月英姉様に訊いてみてはどうかと」
「黄月英? もしかして、孔明さんの奥さんかな?」とフィリス。
「はい。月英姉様はカラクリ細工が得意でして、彼女も兄の放浪癖に困り、靡藝問(なびげいと)という羅針盤のようなものを作り、それでいつも兄の居場所を探し当てています。月英姉様なら兄がどこにいてもわかりますよ」
「な、何? その靡藝問って?」
「私も詳しく存じ上げませんが、星の動きと人の命運を占術で照らし合わせて、位置を知るカラクリだそうです」
「余計に分からないわ、何それ?」
「いえ、ですから私も詳しくは…。姉様の頭も兄と同じく奇想天外でして…。離れにおりますので、案内します」
アリシアとフィリスは諸葛均の後に続いた。
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