霜華剣 第1集
第1集
夜
李華と劉辰が森を抜けた頃には、空一面が星の光で埋め尽くされていた。夜風が優しく吹き抜ける中、二人は小さな火を焚いて、干し肉を焼いて食べていた。火の暖かさが体に染みわたり、静かな夜の音が心地よかった。
「劉辰、旅を続ける上で心得ておかなければならないことがあります」と、李華は口を開いた。「この世には力任せに奪い、殺すならず者たちがいます。そしてすれ違いざまにモノをかすめ取るスリも。差し出されたものには毒や罠が仕掛けられていることもあるし、耳障りの良い嘘もたくさんあります。常に警戒心を持ち、何事も鵜呑みにしてはいけませんよ」
劉辰は黙ってうなずきながら李華の話を聞いていた。しかし、彼が真に理解しているかどうか、李華にはわからない…。一通りの説明が終わったところで、李華は自身の旅の目的を彼に告げた。
「最も許せざる悪は、父の仇です。私は父の仇討ちのために、何年も江湖を旅しています。これまで数え切れないほどの危険の中、生き延びてきました。だから、それをこうして一つずつあなたに教えているのですよ、劉辰」
劉辰はなるほどといった表情で、李華に言った。「それでは師姐、あなたはある意味その仇に感謝せねばなりませんね。なぜなら、その仇の存在が今、あなたを生かしているとも言えるからです。仇がいればこそ、苦難や逆境の旅を続けてこられたのかもしれませんね」
裸の王様を指摘するかのような少年の無垢な疑問に、李華は一言も言葉を返せなかった。彼の言葉は真理を突いていたが、その真理が彼女の心に突き刺さった。
劉辰を寝かすと、警戒のために焚き火に木を焚べながら、李華は劉辰の言葉を反芻していた。「仇討ちのために生きることで逆に、私が憎き仇に生かされている…か…」
焚き火のパチパチという音が微かになり、李華もうつらうつらと、昔のままの父の夢を見ていた。声や仕草、顔でさえも、ぼんやりと朧げにしか思い出せなかった。
僧
夜明け前に出発した李華と劉辰は早朝の肌寒さの中、先を急いだ。正午過ぎにようやく賑やかな街に辿り着いた。雑踏を行くと、市場の喧騒と屋台の香りが混じり合い、活気に満ちた風景が広がっていた。
突然、二人の耳に酒場からの騒ぎが届いた。李華が声の方に目を向けると、そこには酒場の店主が一人の僧を罵っている姿が見えた。その僧はだらしなく袈裟をまとい、腹が出ていて、鼻を垂らし、完全に酔っ払っていた。呂律も回らず、店主に対してふらつきながら抗議していた。
「おいクソ坊主、てめえ僧でありながら酒をしこたま飲み、挙句金がねぇとはどういう了見だ!?」
「おりゃあ僧侶じゃから、か、金がねえのは、と、当然だがね。わ、わかっとりゃせんかったんかい?」
「そんな理屈が通ると思うか!! 全く、酒代分こき使おうにも、これほどの阿呆じゃ仕事もこなせまい。全くこの坊主ときたらよぉ…」
「金も持たずに酒を飲み逃げしようとしたようですね」と李華がつぶやいた。
「師姐、どうしますか?」劉辰が尋ねた。
李華は無視しようとしたが、僧は人の良さそうな彼女に目をつけ、しつこく助けを求めてきた。僧があまりにしつこく、揉め事に巻き込まれそうになった李華は、ため息をついて店主に代金を支払った。「これで満足ですか?」と僧に言い放ち、劉辰を連れてその場を去った。
しかし、僧はその後もずっと二人の後をつけてきた。ついに李華の忍耐が切れ、「これ以上関わってくるなら斬りますよ」と脅した。すると僧は、「お、おりゃあな、武芸百般を習得しとるのよ。じゃ、じゃからさっきのお礼に教えたろうと思っての」と言い出した。李華は仕方なく、適当に追い返すつもりで話を聞くふりをした。僧は次々と技を披露した。「金剛気功」、「十二双掌刃」、「五獣爪」など、有名な技ばかりだったが、どれも素人以下の腕前であまりにも酷いものであった。李華は呆れ顔でその様子を見ていた。
しかし、その時、劉辰が突然怯えだした。「師姐、この僧は何か、違和感が…逃げましょう、早く!」
李華が一瞬そちらに気を取られた隙に、僧が仕込み杖を取り出し、その切先を李華のこめかみあたりまで突き出していた。李華は殺気に動けず、視線だけで周囲を確認した。すると、僧の仕込み杖が李華に到達するすんでのところで、劉辰の剣が僧の喉元を捉えていた。
「フハハ、面白い小童じゃのう」と僧の声色が変わった。李華が驚いて僧を見ると、彼の呆けた様子やだらしない身なりはそのままであるにも関わらず、ただ雰囲気が、知性と徳、仏性に満ちているように感じた。
「あなたは一体…?」李華が問いかけると、僧は静かに答えた。「儂の名は狗子佛、れっきとした僧兵である。その小童はおもろいのう。儂の型をこうも容易く見破った者は、六十と二年生きてきて他にはおらなんだわ」
「狗子佛…様…? そして劉辰、あなた一体…? この方を知っているのですか?」
劉辰は困惑しながら答えた。「師姐、私は本当に何も…ただ、只者ならぬ気配が…」
劉辰の目は確かに嘘を言っていなかった。李華は困惑を隠しきれなかった。
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