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【詩の森】747 忙しさが殺したもの
忙しさが殺したもの
見るという言葉を俳句では余り使わない
例えばスカイツリーと書くだけで
眼前にスカイツリーが見えてくるからだ
敢えて見ると書けば殊更よく見る
意識して見るという意味になる
聞くも同様に鵙高音などとすれば
その声が聞こえてくる
僕らは無意識にあるいは意識して
見たり聞いたりしている
無意識とは考えないでという意味だ
季語の景物はその季節になると
向こうから勝手に
僕らの意識に分け入ってくる
それが俳人の暮らしだ
例えば木犀を金といい銀というのは
殊の外その花木を愛でてきたからだろう
只の木が花の咲く時期だけは俄かに輝き出す
誰でも一句ひねりたくなるだろう
花や実の時期が季となるのは
人々の眼を楽しませてくれるからだ
意識と無意識―――
見慣れたはずの通勤列車の窓に
建設中のスカイツリーが現れたのは
いつのことだったろう
ビルを突き抜け空へ向かってだんだん伸びていく
満員電車の車窓が楽しみになった
『ムサシの塔』という童話を書いたりもした
塔が完成すると小学生の娘と展望台に上った
しかしそれも一度きりで
車窓はいつもの車窓に戻っていった
見えるものや聞こえるものだけではない
僕らは多くのものを
無意識へ追いやりながら暮らしている
無意識とはもはや考えない
考える必要がないということだろう
そのものが存在する現実を当然のこととして
受け入れた状態とでもいえるだろうか
充分考えたのならそれでもいい
しかし本当はもっと考えるべきことを
僕らは忘れているのではないだろうか
慣れがあらゆることを無意識化していく
テレビもパソコンもコンビニも
インターネットもスマホも
その誕生に立ち会った世代と
生まれた時から囲まれて育った世代とでは
慣れの度合いも大きく異なるだろう
戦後世代とZ世代―――
消費税も派遣法も小選挙区制も
Z世代の彼らには
すでに無意識化されているのかもしれない
こうして問題のある仕組みや制度も
いつしか定着し存えていく
1928年に施行された公職選挙法が
100年近く経った今でも威力を発揮し
選挙カーで名前を連呼するだけの味気ない
選挙風景を作り出している
1882年に中央銀行として生まれた日銀を
僕らは国家の一機関位にしか思っていないだろう
しかし国家は通貨発行権を握る日銀から
毎年借金するしかないのである
統治者からみれば無意識化とは
人々に疑問を持たせないための方策であろう
それが政治システムを延命させ
既得権を温存させることに繋がっている
無意識化によって
人々は疑問の芽を予め摘み取られてしまうのだ
この国が思いのほか停滞しているのは
どんなに問題があろうと
学校制度や選挙制度など旧態依然とした仕組みを
一切変えようとしないからである
考える時間というのは
単なる空き時間のことではない
何の気掛かりもなく思考に没入できる時間のことだ
しかし現代人にとって
考えることはとても贅沢な行為なのだ―――
現役時代の僕はいつも仕事に忙殺されていた
考えようにも「それどころじゃなかった」のである
人はよく「考える葦だ」といわれる
忙しさが殺したものは「考えること」そのもの
だったのではないだろうか
2024.10.28