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【詩の森】片恋テレビ

片恋テレビ
 
野球好きだった父は
生前テレビに噛り付いて
ナイター中継をよく見ていた
贔屓のチームが負けたりすると
普段は温厚な父が
テレビに向かって
声を荒げたりするのが
子ども心に
とても不思議だった
それはまるで
テレビと話している
ようでもあった
 
今は余り見なくなったが
若いころは
僕もテレビをよく見ていた
仕事から帰って電気をつけると
すぐにテレビをつけた
寝るまでつけたままだった
そして
好きな歌手や俳優に人知れず
声援を送っていたものだ
少なくとも僕からみれば
彼らは僕のよく知っている
歌手であり俳優だった
 
風天さんこと
渥美清さんの句に
テレビ消して一人だった大晦日
というのがある
家人はみな出かけていたのだろうか
テレビの音が止んだ瞬間
一人だったことにはたと気づいたのだ
テレビは僕らを夢中にさせる
だからその間は
僕らは何も考えず
夢のようなその世界に
浸り切ってしまうのだろう
 
テレビは
さながら魔法の箱のようだ
いながらにして
スポーツを観戦し
好きな歌手や俳優にだって
いとも簡単に
会えるのだから―――
しかし
テレビを消したときの
あの一抹の寂しさは何だろう
漠然とした
物足りなさは―――
 
普段は忘れているけれど
テレビを通して出会う人々は
ほんものそっくりだが
ほんものではない
僕は彼らと握手することも
言葉を交わすこともできないのだ
テレビは
永遠に片恋なのかもしれない
しかし
一度恋してしまった僕らは
テレビのいうことなら
何でも信じてしまうだろう
 
恋人が僕を騙すなんて
始めは信じられなかったけれど
政治の世界では
普通のことらしい
もともと片恋だったから
テレビが権力に阿ると知って
すぐに冷めてしまった
それからというもの
僕がテレビの前に座ると
決まって
もう一人の僕がついてくるのだ
眉に唾をつけながら―――
 

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