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ここから⇒人生の広場"もっとも天国に近い音楽"

天国ってどんなところだろう? 怖いことも悩みもなく、あらゆる不安から解放されてるんだろうな。いいな、行ってみたいな–––。こんなことを言うといきなり危ない奴になったのかと思われるかもしれない。だけど天国については、ぼくにはひとつの理想的なイメージがある。そう、それがジャワ島の宮廷ガムランだ。

ジャワ島の宮廷ガムラン

一時期、民族音楽学者の小泉文夫さんの著作に興味を持って民族音楽に手を出していた時期があった。といってもワールドミュージックの世界はどこまでも広く奥深い。だからぼくはまだまだ浅学なのだけれど、そのなかでもジャワ島の宮廷ガムランは特に気に入って、日常的なプレイリストにも取り入れてときどき聴いている。

ガムランというと多くの人はバリ島をイメージされると思う。ケチャや影絵芝居やバロンダンスと並ぶバリ島の伝統芸能。華やかでアグレッシブ、熱狂的な音楽。祭囃子のように鳴らされるバリ島のガムランは、BPMも早めだ。
その一方でバリ島の音楽とはまったく異なる発展を遂げたのがジャワ島のガムランなのである。

ジャワ島のガムランと言ってもその分類は多彩で、各家庭でも結婚式などの儀式でも頻繁に演奏されているという。
ここでぼくが特に取り上げたいのは宮廷ガムランと呼ばれるものだ。
それはかつての王族たちが心の安寧を貪欲に追求して出来た音楽だと言われる。その成立の過程についてはここでは省略するが、ほとんどの素晴らしい音楽がそうであるように、ある地域のある時期に限定されたオンリーワンな音楽と言っていいだろう。すでに失われつつある音楽と言ってもいいかもしれない。

メディテーションとしての音楽

その音楽は一言で言うと瞑想的である。メディテーションとしての音楽。
宮廷ガムランは文字通り王宮内で演奏される。天井が高い建物(プンドポと呼ばれる)で、その残響も計算に入れて演奏される。それゆえ宮廷ガムランはそれ自体がプンドポの残響に合わせて設計されている。
宮廷と言っても完全に屋内ではないのが面白いところで、この建物には壁がない。床と柱だけで、あとは外とそのまま繋がっている。
だから本場ジャワ島の宮廷でフィールドレコーディングされた音源には、鳥のさえずりや虫の声もしっかりと録音されている。
ぼくはそれがすごく好きなのだけれど、それももちろん計算の内なのだろう。

そうした自然音を背景に青銅器で作られたガムラン独特の長い残響音を伴った不思議な音階(ペロッグ音階とスレンドロ音階)がミニマルに流れ出すと、これがもう本当にこの世のものとは思えない風景が浮かび上がってくるのである。
それはどこか?
そう、それは限りなく天国的なイメージだ。
それはあまりにぼくたちの日常から遠く、それゆえ原始的とも超未来的とも捉えられる。包まれていても怖さはないが、異様なものを見ているような感覚もある。目を閉じて聴いていると個というものの定義が一瞬あいまいになる。
その感覚がもたらすリラクゼーション効果は絶大だ。

民博のガムラン体験コーナー

昔、といっても90年代後半だけど精神科医が安定剤代わりにエイフェックス・ツインの『Selected Ambient Works vol. 2』を処方した、という有名なエピソードがあった。嘘かまことか、今にして思うと「さすがにそんな医者いないだろ」と思うけれど、しかしそのエピソードはあのアルバムの良さを余りにも的確に伝えていたのでぼくも含めて誰もが信じたくなるような憎めない売り文句だった。
ぼくはこのジャワ島の宮廷ガムランに対して同じエピソードを用いても立派に通用すると思っている。あの音楽を聴いて脳裏に浮かぶ風景を追っているうちに、眠ってしまいそうになる。良い音楽は眠くなるものなのだ。

民博に行けばガムランを叩けます

先日大阪の万博記念公園の中にある国立民族学博物館に行った時、そのガムランを実際に見ることができた。上の写真はすべて民博で撮影したものである。
そこでは見るだけでなくなんとガムラン体験コーナーまで設けられ、解説のビデオに合わせて思う存分叩けようになっていた。
これ幸いとばかりにしばらくひとりでガムランを演奏してみる。
ガムランは故小泉文夫さんの熱意によって日本に持ち込まれ、大学での音楽教育でも使われているらしい。ガムランを演奏するサークルもあるというが、これはハマってしまうのも無理はない。一度は大勢で演奏するのに参加してみたいものだ。

マキタ・ユウスケ

参考文献:小泉文夫(2003)『小泉文夫著作選集4 空想音楽大学』学習研究社

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