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制作日記:迷いの昨今と友人の個展

「赤い絵」を描き終えて、苦手を克服できたかな?と思いつつもこれからの制作に思いを馳せる日々。

自分が伝えられなかった「言葉」を絵として制作してきた10年間。
また新たに〈伝える〉という方法を模索しだした今年。
「これでいいのか?」と変化を見直して改善点を見つけて、足りない事は勉強する。
なにか新しい事に挑戦すると没頭してしまうのが悪い癖。
体調を崩した時に、空の曇天と共に気分も曇天になる。

「10年間表現してきたことを続けていた方が良かったのでは?」
「色彩を使い過ぎて変化が大きすぎたのでは?」
挑戦してきた数ほど不安が膨れ上がる。
体調が悪いと弱気なるモノ。
いくら頭で勇気づける言葉を思い浮かべても、途端に弱音を吐いてしまう。
自分のイメージの具現化を追求する日々は孤独が多い。
時に制作は〈孤独の袋小路〉に入る。

「これは、あれだ・・疲れてるな」

考えすぎて袋小路に迷った。
とりあえず、視点を変えなくてはいけない。
新しい価値観になれてきたこの頃。
迷いの多い制作の日々である。

やっとできた「赤」の絵
Instagramに掲載しました

「赤」の反動で「緑」を描いた

「緑」は身近で好きな色。
人混みで酔った時も「緑」の多い場所に行けば全快する。
考えすぎた時も庭から見える木々を見ればホッとすることもできる。
刺激に過度に弱い性格。
「赤」は強い色で刺激もある。
色彩心理でも「赤」はとても考える事が多く、制作時もいろいろ思い返すことが多かった。
なので「緑」を描こうと思い立つ。
制作を休むという選択肢が無いのが私らしいとも思うのだが・・

「とにかく、形のない色だけの絵を描こう」

〈自分の疲れを癒せるような作品を描いてみよう!〉
ワトソン紙のぎりぎりまで水を含ませて、ありったけの「緑」を画面に置く。
何も考えず〈緑〉で画面を埋める。
キャンドルの揺らぎの炎も好きだが、木漏れ日の不規則な色合いも安らげる。夜はキャンドルで、昼は木漏れ日で、疲れた日は必ずのルーティーンになっている。
「赤」を描くために、自分を内観し過ぎて疲弊した神経を「緑」で癒す。
〈絵を描く〉それだけなのだが、それだけだからこそ真剣に。
描けない日々を過ごしたからこそ大切に。
色でイメージが浮かぶようになってまだ、9ヶ月。
一つの色を描いては新しい色に挑戦する。
一色、一色
自分に向いている色、挑戦したい色、癒される色
思いついたイメージと照らし合わせながら表現できればと願いながら制作しています。

SMサイズのワトソン紙に黄色・青・緑をにじませる。
アクセントに好きな蝶を描いて新しい可能性を探ってみる。

内面の人物、外面の色彩

ありったけの「緑」を精神で吸い込んですっきり。
気が付いた事がある。

自分が描く【人物の変化】について。

私の描く人物はモデルがいない。
頭のイメージに近い人を思い出して資料から描き起こすか、デッサンなどの参考にしている本を見ながら形にする事が多い。
昔は不思議に思わなかったが、昔の絵はモデルが「人間」でなかったことが多かったのではないのかと最近・・気が付いた。
人の性格によって身なりも違ってくるように、木々も存在する場所によって同じ種類でも様相が変わってくる。
様相と性格をボンヤリあたまで合わせて人物が出来上がったりする。

当時の人物のモデルは【自身の気持ち】

「目覚め」殻を破る。
冬から春への目覚めのイメージ。



エッセイを書きだしてから、昔の絵の事を言葉で分析する事が多くなった。
価値観が変わった自分の視点で、自身の絵を読み解く。
週一回の内観の日。
エッセイを書いて作品を振り返るたびに新しい発見などあったりする。

最近の人物は、明らかに当時とは違う。
そんな気がしてならない。
それはなぜか?

当時は意識していなかった事が意識できるようになったからかもしれないのではないのか?

「倒木」「流木」「木霊」
木々と人物が融合している作風のペン画を何枚も描いていた。
それは自身の孤独感だったり苦悩を語るように描く事が多かったように思う。

「この傷に名を付けるなら」2020年制作
ペン画

「伝えたい事」「伝わらなかった事」「諦めに近い孤独」

白い画面に独白に近い勢いで黒いインクで埋めていく。
自身の足りない何かを埋めるように、埋めれば埋めるほど色はつかなかった。

「色彩」で描けるようになって、途端に今までのイメージが弾けた。
まったく、浮かばなくなってしまった
今まで描けていたものが浮かばなくなるのは不安なものだ。
「どうしてだろう」
何度か精神的に描けなくなる経験があるので怖くなると共に寂しさもある。
数十年付き合ってきた自分の感情が居なくなる。
何か、自分の中から消えてしまったような、そんな思いもあるのだろうか?

今は思い浮かぶイメージを素直に表現したい。

「浮かぶものを描く」その制作の中で、〈表情〉を描こうと動き出した最近の制作で【人物】と【色彩】について思う事がある。

人物は〈自分の内面〉、色彩は〈自分の外面〉

「自己追求で得た事を、外に伝えるような絵に変わったのではないのかな」

〈心象画〉という自分の作風に気が付いてから、あらためて思い浮かぶ言葉が多い。
昔も今も同じ〈心の風景=心象画〉
意識が変われば視野も変わるように絵も変わる。
自身の過去を抱えて終わるのを待つ【倒木】ではなく、枝が折れてひび割れても生きる生命力に溢れる木【木霊】

「描けるんじゃないか?今の自分なりのモノが」

「今の自分が【倒木】や【木霊】を描いたらどうなるだろうか?」

そんな思いもあり、今〈新たに木の人〉を描いている。

木霊をイメージしての作品

これまでの自身の追求で得た事を「色彩」で伝えるように。

「水彩で描いて、油絵でも描いてみても面白くなるのでは?」
落ち込んでいた日々を過ぎてやっと前向きに構想できるようになってきた。

悩んで落ち込んだら、あとは上を向いて動くしかない。

秋分を過ぎ、クーラーのない部屋でも描ける季節。
季節の変わり目は体調を崩しやすいので注意したいですね。

絵とエッセイ


(番外編)元気の補充~友人の個展に行く~


五反田駅から10分
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私が外出をするときは、道具を買うのとは別に【元気の補給】がある。

人混みに疲れるという事は、他人の感情に過敏であるという事。
人で疲れるなら、人で元気になるのも同じような事である。
【良い作品や気の合う人】
言葉を交わすだけで気力が補えるのは不思議な事だと思う。
新しい事をはじめて9ヶ月。
迷いや探求に根を詰めていたのか【元気のバッテリー】が尽きたと思った
9月の初めに作家仲間であり友人の個展開催のお知らせが届きました。

ミクストメディア作家Norikoさん
思えば5年以上のお付き合い。
年も近い事から気さくに話せる友人の一人。
描くものは、微笑ましいカエルから、荘厳な竜、慈愛満ちる自然の動物たちなど多彩。
ミクストメディアと言うのは、画材を色々つかって制作する技法。
描くものも技法も多様であるけれど、そこには作家さんの意思がしっかり入っていてNorikoさんの経験と探求心で生まれる作品なんだなと感嘆します。

私事、父の介護などで絵が描けなくなり途方に暮れた時がありましたが、後ろ向きになる私の言葉を汲み取って前を向かせてくれる繊細な面も持たれています。繊細であり、寛容であり、優しくもあり、話をすると面白い。

自己の追求で孤独になりがちの制作ですが、このような出会いと付き合いは大事にしたいと改めて思いました。

Norikoさん個展DM「Lindenbaum」
ヨーロッパでは【愛の木】と呼ばれ人々が集う
親しみのある木。
白いボールペンの点描で描かれた荘厳な竜。
解説も興味深い
会場のgallery201
陽光さす以後ごちの良い空間。
会期は2024年9月29日(日)16時まで
9月14日の制作日記で部分だけ載せた感謝を伝える絵「手紙」
Norikoさんに感謝を込めて。Instagramに掲載しました。
(ご本人了承済み)

*個展に伺った時の音声

gallery201ホームページ

制作日記


お知らせ

SUZURIで水彩画のグッズを販売します。
現在準備中ですが、原画以外で作品を届けられる方法として企画しました。
2024年10月1日(火)20時から開始
「アートを身近に」という思いも込めて、お手に取っていただけたら嬉しいです。

開催中
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キャンペーン概要blog

引き続き詩画集「胡蝶の夢」noteではリポスト後のご購入で20%OFF
こちらは10月末なので是非ご利用ください。


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