絵とエッセイ⑲苦手意識と蜻蛉玉
「左利きは、いるか?」
ガラスの様に、心にヒビが入る音がする。
久々に聞いたこの言葉で私の〈苦手意識スイッチ〉に手がかかった。
十年来の付き合いである美術部の集まり、数ヶ月に渡り開催された陶芸教室。
その最終日の事だった。
休日に月一回ほど、恩師の赴任先で行われる。
工芸の講師をしている事もあり教室は工芸品の道具が溢れかえる、夢の様な空間。
陶芸を筆頭にレザークラフト、ベネチアンガラス、蜻蛉玉。
しかし、記憶にある恩師は美術教師で音楽好き。
工芸の「こ」の字も思い当たらない。
「あれ、先生。陶芸も出来たんですか?」
「赴任した時は工芸はそんなに得意じゃなかったんだけど、YouTubeとかで勉強したんだ」
数十年、変わらぬ笑顔でその人は言う。
「人生いろいろだ」
20年以上の教師生活。
赴任先によっては苦労もあると思うが笑って過ごせる先生を尊敬している。
好奇心旺盛なその人は、60代になってもバイタリティーの塊だ。
何事にも慎重すぎな自分には眩しい。
私が油絵を描くようになったのも、この恩師の教え方がきっかけだった。
「作りたいものを作れば良いし、描きたいものを描けば良い」
油絵・水彩・アクリル絵の具。
画材に決まった表現は無い、思いついたものを描くただの道具に過ぎない。
何かを教えて点数を付けるのであれば、技術を重視すれば簡単だと思うのだが、その先生は〈技術より美学〉の教え方だったのだなと今は思う。
「何を表現したいか」
「楽しんで描けているか?」
制作の基本を教わった、初めての先生だ。
八月から4回目を迎える12月。
陶芸の完成品を受け取る日。
「時間があったら蜻蛉玉をやってみないか?」
ガラス製品が好きな私としては思いがけない嬉しい提案で即「やりたい」と手を上げた。
よく工芸展で目にする蜻蛉玉。
作り方に興味があったし自分なりの形を作りたいという希望があった。
火を使う危険な作業。
当たり前だが、はじめてなので方法を聞かなくてはいけない。
そこで、久々に聞いた「左利きは、いるか?」との言葉に好奇心にヒビが入った。
〈左利き〉〈右利き〉
単純に道具を使い何かを作る為の確認にすぎない言葉。
しかし、幼い頃からその問いは私を卑屈にさせる。
ハサミ、包丁、彫刻刀や書道。
小学生の図画工作。中学校の家庭科や工芸。
「私は左利きである」
そう宣言すると決まって好奇な目で見られた。
何かの授業でモノを購入する時に必ず〈左利き用〉という特別枠にレ点を付けなくてはいけない。
購入した道具は物珍しさから鑑賞対象になる。別に何も違わない。向きが逆のだけである。
「これが左利き用なんだ。使って見せて」
用もないのに大勢の前で左手にハサミをもってチョキチョキ動かさなくてはいけない。
珍しいものでも見るように、好奇な視線で手元を見られる。
「見世物じゃないんだけどね」と言えたらどんなに良かったか。
自分の手元に視線が集中するとなぜか恥ずかしくなる。恥ずかしさから、何か悪い事をしてしまったかの様に重たい気持ちになってしまう。
それが、とても嫌だった。
左利きは特別、他人と違う悪い事。
好機に晒される日々の中でそんな思いが心に巣を作った。
その巣をより強固にした理由は、物を教えてもらえなかった事。
「先生、私・・その左利きなんです」
「教え方が分からないな」
勇気を出したのに、返ってきた言葉はとても冷たく感じた。
右で行っている事を左でする事だけの動作なのだが、教えるのは大変な事らしい。表情が曇るのが良く分かる。
「じゃあ、見て覚えて」
(やり方を見せるから、それを自分で左利きに変換してやってみろ)
卑屈になっていた私にはそう訳される。
初めての教材、初めての道具、それなのになんとも毎回ハードルの高い所から始めないといけない。
初めてなのに教えてもらえない。
みんなは教えてもらっているのに、私は教えてもらえない。
「見せるから自分で考えろ」
(みんなと違う)そんなレッテルを張られたようで心が痛い。
当時の私には、目の前に大きな壁を作られたような疎外感を覚えた。
「ただ向きが違うだけなのに」
それだけなのに・・
右利きと左利きは何が違うのだろうか?
利き手と言うのは、脳の左右の発達が関係しており、人間が成長するにつれて左脳を使う教育を受ける為に右利きが多くなるという。
左脳は言語能力を司る。優位な人は右利きになりやすい。
右脳は空間把握や情報処理を司る。優位な人は左利きになりやすい。
遺伝と言う話も聞いた事はあるが、両親ともに右利きなのでそれはどうかと思う所がある。
〈左利きはどもりやすい〉
幼い頃に聞いた事だがそんなことはあまりない。
〈左利きは器用な人が多い〉
器用ではなく、経験上、努力のなせる業だと思って欲しい。
個人的に・・結構・・努力した。
脳の働きに関係しているのだろうか?まず、右利きの人は自分の行動を左利きに教えるのが難しいと思う事が多いようだ。
「左利きは他人に迷惑を掛けてしまう」
そう思うと聞くのが申し訳なくなってしまい、言葉が出なくなってしまった。
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