浸り異界に神はナく

扉を開ければ、そこは噂の中心地。
誰かが救いを得たいと願えばそこにそれはやってくる。
どこからともなく現れる「怪異ノオ悩ミ頂キ〼」の看板。そこに生まれる相談室。

噂を喰らう噂。
怪異を喰らう怪異。
まことしやかに囁かれる力を持った噂。

聞こえてくる。風の音に乗せて。

「ねえ知ってる?不思議な相談室の話。」

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「……もう慣れたな。こんな状況も。」

目の前の肉塊はその翼を血に濡らし地に伏せていた。思い出した顔を頭振って追い出し、怪異の核を見やる。

「’’お前は、瘴気の塊だ。黒く濁った塊だ。今からお前は俺に喰われるんだよ。’’」

そう睨めば、黒く不明瞭で不定形のナニかは形を黒い塊に変えていく。世界にのしかかる暗く重い空気は集約されていき、蠢く何かに姿を変える。
まるで言葉に呼応するかのように。
誰かが形を与えたかのように、形を作る。

「ああ、随分と喰いやすくなったな。じゃあ……」

━━━━ いただきます。

黒い塊は切り刻まれ、端から消えていく。瘴気を集めても治らず、生まれず、なす術もなく喰らわれていく。十数分もすればその姿は見えなくなっていた。

「ごちそうさま。もう生まれて来んなよ。」

これが怪異としての俺の仕事。
怪異を喰らう怪異、怪異を紐解く怪異、怪異を破る怪異。その融合体としてどこからか生まれてしまった怪異の側面。
何処からともなく呼び出され、怪異を喰らって、消えていく。
何かの影が、噂を生み出し、それが果たされた成れの果て。
依頼を受けたわけでもない。誰かを救う義理もない。ただ気まぐれで獲物を探す捕食者。その結果がどうであれ知ったことではない。
それでも無残に食われる人間を無視できない弱さが「相談室」としての形を作り上げた。
誰かの悩みを喰らうなら、少しは人間らしかろう。としているあたり、いまだ人間に執着しているのか俺は。こればかりは治らないものだ。

怪異の俺も、神の俺も、人間の俺も等しく俺ではあるのだが。
全てが中途半端、すべて合わせて一人前。
よくもまあこういうとこでも器用貧乏を体現したものだと我ながら呆れる。

ピリッと、空気が変わった。

後ろから、音が聞こえる。まだ、怪異が残っていたのか?
瞬間で戦闘態勢を整え、その場で立ち上がる。
だが、その相手はこちらに話しかけてきた。

『縺雁燕縺ッ謨オ縺』

瞬間、纏う圧が変わる。ああ、なるほど。これは、さっきの怪異ではない。本体とか、そういうものでもない。
これは伝説だ。神に似た信仰を持ちながらなお怪異としての存在を保っている異端。『都市伝説』の類だ。今怪異を食い切った状態でも戦えはする。だが今後を考えればここで事は起こすべきではない。そう思ったときには口から言葉が出ていた。

「……別にあんたらと事を構えるつもりはないよ。胃もたれしちゃうからね。」
『蝌倥〒縺ッ縺ェ縺?↑?』
「嘘ついたとこで何にもならないでしょ?僕は今更世界のバランス変えるつもりはないさ。」
『繧ゅ@蝌倥□縺」縺溘i......隕壽ぁ縺ァ縺阪※縺?k縺?繧阪≧縺ェ』
「冗談。あんたらが敵にならん限りは俺も手は出さないよ。同類だろ。闇に生きる口伝の伝説さん?」
『………』
「それじゃ俺はこの辺で。怪異ではあっても伝説に至るまではまだちょっと足りないからね!またな!」

そう言って踵を返す。もうここにわざわざ長居をする理由はない。さっさと帰ろう。後ろにいるであろう気配がどれほど甘美な匂いをしていたとしても。
またいつか会うだろう。匂いは覚えた。忘れるものか。何回かちょっかいはかけにいこう。

ああ!本当に面白いものを見つけた!
面本賽はご機嫌でその場を離れるのであった。

━━━━━ その場から男が離れ、その場に静寂が戻る。

『…………こ、こわかった、(ぷるぷる)』

意外にもその都市伝説は、膝が笑っていたのであった。

これが彼らの怪異としての邂逅。
この後彼らは厄介ごとの渦に巻き込まれて行くのだが、それはまた別のお話。


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