嘔吐恐怖症を克服しない
※注意※
こちらは嘔吐恐怖症に関するお話です。嘔吐恐怖症で「嘔吐」という文字を目にするのもつらい方もおられると思います。私自身がそうでした。
調子の良い時にお読みいただくなど、ご無理のないようにお願いいたします。
「嘔吐恐怖症を克服するにはどうしたらいいんだろう」
「克服というより、共存していくしかないんじゃないのかな。そういう境地に達するしか」
そんな風に旦那さんに言われたとき、本当にそうだなと思いました。
今まで嘔吐恐怖症に関して、カウンセリング、暴露療法、森田療法理論の学習などを重ねてきました。
考えうる範囲のできることを重ねてきた上で、この旦那さんの一言が真理だと思うのです。
暴露療法で出会ったカウンセラーさんは「わからないことをわからないままにしておくのも、とても大切なこと」と仰っていました。
吐くのは誰だって嫌なこと。だから、そういう恐怖を全部完璧に取り除こうとしない。はじめの一回は凄く怖いと思う。でも、そういうもの。
そんなことを教えてくれました。
ネガティブケイバピリティという言葉が流行っているように、わからないことをそのままにする力というのはとても大切なんですね。
また森田療法の理論を学習していく上では、「はからい」をすることで症状が悪化するのだと学びました。
無くならないものを無くそうとするから、こじれていく。
嘔吐に対する恐怖は無くなりません。それが事実であり、自然であり、受け入れる他ありません。
恐怖をなくそうとうるのは、雨を晴れに変えようとすることや、死の恐怖を克服することと同じようなもの。
そこにエネルギーを割くのは果たして正解かということです。
雨を止ませようとするのではなくて、雨の日は雨を受け入れて、雨の日の過ごし方をすること。
死の恐怖を感じないようにする方法を探すのではなくて、生きているものは全てみな等く死を迎えるのだという事実を受け入れて、毎日を懸命に過ごすこと。
じゃあ、嘔吐恐怖症は?
嘔吐は怖い、死ぬほど怖い、そういう事実を受け入れて、恐怖と不安をそのままにしておくこと。
パニック障害の時、実際にこれで乗り越えた経験がありました。
電車にさえ乗れなくなった時、「発作を起こさないようにする」ことに専念すると悪化の一途をたどりました。
だから「発作が起きても大丈夫」にもっていく。
そのために、発作が起きた時の「お守り」をたくさん用意しておく。
具体的には、両親や旦那さんなどいつでも連絡できるようにしておく、不安に即効性のある頓服薬を常備する、発作が起きたらバタフライハグをする、柑橘系のアロマを持ち歩くなどなど・・・。
発作は怖い。死ぬほど辛い。その恐怖と苦痛は無くならない。でも、発作が起きても大丈夫。お守りが、対処法が、私にはいっぱいあるから。恐怖と苦痛を乗り越える方法を知っているから。
恐怖も苦痛も不安も、なくそうとすればするほど大きく育って行きます。
でも居場所を与えてあげることで、彼らは育たなくなり力を失います。
今では電車にも乗れるし、美容院だって行けるし、ずっと苦手だった車にも乗れるようになりました。
同じように、嘔吐に対する恐怖に居場所を与えてやる。
どうやって?
上手くできるか分からないけれど、パニック障害だって乗り越えられたのだから、できるはず。
きっと大丈夫。
なんとかなる。
そう思えることこそが、はじめの一歩なのかもしれません。
あきらめずに、試行錯誤を続けながら日々を過ごしたいと思います。