第764回 博物館法ができるまで その1
1、国会会議録検索システム
を使って「文化財」という言葉が国会でどう語られてきたのかを
戦後の第一回国会から少しずつみてきたこのコーナー。
ちなみに前回はこちら。
2、第12回国会 衆議院 文部委員会 第7号 昭和26年11月21日
ここでは博物館法案について議論が交わされています。
提案理由の説明を行なったのは、この連載でも何度か登場している若林孝孝。
わが国が、文化的な国家として健全な発達をはかるためには、いろいろな方策が考えられましようが、国民の教養及び識見を高める教育の力が、最も大きな原動力となることは、今あらためて申し上げるまでもありません。しかしながら、わが国においては、往々にして学校教育を重視し、社会教育の面に力を及ぼさなかつたうらみがあるのでありまして、国民の自主的な教育活動を促進する環境は、まことに貧弱をきわめておるのであります。学校における学習活動と、実際生活における自己教育活動は、当然相まつて行わるべきでありまして、かくしてこそ、真の教育の目的が達成され、文化国家の理想も実現できるものと考えるのであります。
この言葉、現代の為政者にも聞かせたい。
まず社会教育法、図書館法が制定され、公民館や図書館が国の補助を受けながら整備されていきますが、博物館はまだ個別法ができていなかったのです。
法律の骨子は
第一には、新しい博物館の性格を明らかにして、その本来の機能を確立し、博物館が教育委員会の所管に属することを明確にする。
第二には、博物館の職員制度を確立し、専門的職員の資格及び養成の方法を定め、博物館の職員組織を明らかにする。
第三には、博物館の民主的な運営を促進するために博物館協議会を設け、土地の事情に沿つた博物館のあり方を規定する。
第四には、公立博物館に対する国庫補助金交付の規定を設け、その維持運営の奨励的補助を行うことにする。
第五には、博物館資料の輸送についての規定を設け、特に私立博物館については、固定資産税、市町村民税、入場税の課税の免除を規定し、私立博物館の独自な運営発展を促進するようにする。
当初は入場料まで課税免除の予定だったんですね。
というものです。
質問に立ったのは法案の提案者でもある松本七郎(日本社会党)でした。
法案通過後の補助制度が実際どれほど見込めるのか、という内容。
答弁に立ったのは、図書館法の制定にも関わった、文 部省社会教育局長の西崎恵。
先行する公民館が二千万円、図書館が千万円という実情を踏まえ、
博物館もそれを超えることはできないだろう、と述べます。
同じく日本社会党の坂本泰良は
真の教育の目的が達成され、文化国家の理想も実現できるものと考える、と提案理由にあるが、ここでいう「文化国家の理想」とは何か
と尋ねています。
西崎は
図書館とか博物館とかいうものは、ある意味で文化国家のバロメーターであるといえるのではないかというような考えを持つている。
と社会教育施設の位置づけを示した上で、
博物館につきましては、欧米各国では大体人口十万人に一館ぐらいのところが普通なのでありますが、日本におきましては、約四十万人について一館という割合になつております。
と非常に寂しい現状を述べ、施設の充実を急務であるとの認識を示しています。
坂本はさらに追求して
国から補助金をもらって事業を行う、と言うことは資料の収集方針等に国の思惑が絡み、偏ることを懸念しています。
さらに歴史学者でもある渡辺義通も議論に参戦します。
この人物は非常にユニークな経歴を持ち、考古学との関わりもあるので
また別稿で紹介したいところですが、
ここでは博物館について
第一に文化財の散逸を防ぐこと
第二に文化財を大衆に届けること
の二点を重視した発言をしています。
民衆の側から郷土の文化財を収集し、保存して公開していこうという流れがある一方で、公的な博物館が国の補助事業としてこれを行なっていくと齟齬が生まれるのではないか、との懸念があったようです。
なんと白熱した議論でしょうか。
何かを始める時、作る時にはこれほど情熱的なエネルギーが生まれるものなんですね。
彼らが公的援助が乏しくなって、存続が苦しくなった現代の博物館の惨状を見たら、どんな想いを抱くでしょうか。
3、創生の情熱
前項でも書きましたが、博物館を各地に作って文化財を守ろうとする政府も、
社会党や共産党など国が統制することに反発を抱きがちの議員たちも
ともに国民の歴史文化に対する想いは並並ならぬものがあるように感じます。
博物館法については、今後も話題にでるかと思いますので、詳しくはそこで述べますが、
どうしてもこの理想から現在の法制度は後退しているように感じてしまいます。
もはや文化国家の復興を、という時代でもないですが、
資料の散逸を防ぐこと、公的機関がそれを抱え込んでしまうこと、
一般大衆からは遠くなってしまうことに関する危惧があります。
法制度の変遷をもう少し見ていくことで、今後のあり方を考えるヒントになれば、と思います。
本日も最後までお付き合いくださり、ありがとうございました。