完璧じゃない主義
わたしは、「絶対」とか「必ず」とか、そういう100%の言葉を口にすることに抵抗がある。
なんでだろう。
完璧には絶対できないって思っちゃう。
(あ、絶対って言ってるわ・・。)
完璧ってなんか怖いと感じる。
できそうな時も、自分から避けるようなことがあるし、
できないふりをすることすらある。
例えば、
頼まれた書類を作って上司に確認してもらう、ということがあった時、
わたしはいつも、行がズレていたりフォントがバラバラだったりする未完成な状態で提出する。
で、案の定上司に、
「こことここ、揃えて」と言われる。
または、「ここはあとでやるんですけど」と言い訳をする。
勉強の場面でも
体力や疲れなども、まだ限界じゃないうちに、
「まいっか」
と思ってしまう。
頑張って90点を目指しているような感覚。
そのくせ、自分はできないことが多いとか、認めてもらえない、とか、
そういうことを思っている。
そう考えると、自分が怠け者すぎて嫌いになりそうだ。
でも、どうしても100点のじぶんが、想像できない。
「絶対やります」「絶対受かります」と言える自信がない。
だって、わたしには絶対はないと思うから。
なぜなら、わたしには頑張る才能がない。
いや、なくなってしまった気がする。
遡って、エレクトーンをやっていた学生時代。
いつからか、本番になると手や足が震えて、うまく弾けなくなった。
それまでは、本番が一番好きだったように思う。
小学校から高校を卒業するまで、わたしは楽器店の大会で毎年優秀賞を受賞し、地区大会に進んだ。
地区大会の常連だったが、地区大会止まりだった。
それでも、地区大会で銅賞、銀賞をもらえるようになり、
今年はもっと!今年はもっと!と毎年背中をグイグイ押されていた。
小さい楽器店だったが
楽器店に行けば、当時のわたしはちょっとしたスター扱いをされたし、
中高校生の頃は「ツナマヨさんを目標にしています」と言われることもあった。
熱心な母は、レッスンを増やしたり参考にするための教本みたいなものを買ってきたり、わたしのエレクトーンのためにお金と労力をかけていた。
「みんなが期待しているから」とか「優秀賞をもらうために」とか「お母さんがこんなにやってくれているから」とか言われるうちに、
演奏をする理由がよくわからなくなっていたのかもしれない。
重大な事件があった訳ではないが、わたしの弱っちい精神がプレッシャーに押し潰されていたのは確かだ。
そういえば、
なぜか楽器店の発表会のゲストとして演奏した時、
あの時は、人生で最高の演奏ができた。
じぶんで演奏しながら泣きそうになっていたし、
先生だけでなく、発表会に参加していた知らない人まで「感動した」と言ってくれた。
あの時には、すでに本番で手足が震えるようになっていたのに。
ただ、じぶんの演奏をみんなに聞いてもらうだけの機会。
審査員や賞に評価されない場所だった。
それが、わたしを開放させたと思う。
じぶんが一番じぶんのことを信じていないんだなと思っていたけど、
評価されることが怖くなっているんだな。
低く評価されることも、高く評価されることも、怖いんだな。
わたしの「完璧じゃない主義」は
適当な性格ももちろんあると思うけど、
「人からの評価」に対しての恐怖心が関係しているのかもしれない。
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